二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2025.11.13
前編 夢の実現のお手伝い
~誰もが旅をあきらめない社会を~(前編)

ユニバーサルツーリズムとは、年齢や障がいの有無にかかわらず、すべての人が安心して楽しめる旅行を目指すことである。観光庁は、ユニバーサルツーリズムを推進するため、地域の受け入れ環境の整備・強化や、旅行商品の造成・普及のための取組を支援している。2020年にオフィス・フチを立ち上げ、ユニバーサルツーリズムアドバイザーとして日本全国を飛び回る渕山知弘氏に話を訊いた。
二宮清純: すべての人が楽しめるように、誰もが気兼ねなく参加できる旅行の企画をつくることを「ユニバーサルツーリズム」と呼びます。この言葉が日本で使われるようになったのは、いつからでしょう?
渕山知弘: ユニバーサルツーリズムとは、観光庁が提唱をしているものです。同庁のサイト内でユニバーサルツーリズム促進という事業の記録が残っているのは、2011年からだと言われています。ただ、現状はユニバーサルツーリズムに関わっている観光事業者、全国のバリアフリー観光相談窓口の方と、自治体が多少知っている程度で、誰もが知っているとは言い難いですね。
二宮: 海外ではどうでしょう?
渕山: ユニバーサルデザインとツーリズムを合わせた日本の造語です。海外では「アクセシブルツーリズム」という呼び方をしています。
二宮: なるほど。ユニバーサルツーリズムは和製英語なんですね。
渕山: そうなんです。日本のように国を挙げて取り組もうというよりは、欧米では普通に個人の権利として、障がいの有無にかかわらず旅をされている印象があります。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 欧米では特別なことをしているというよりは、旅をしたいと思ったら、気軽に行けるという感覚なんでしょうね。
渕山: おそらくそうだと思います。当然、障がい者向けの旅行会社は欧米にもあります。ただ日本では国や自治体がユニバーサルツーリズムを推進していかないと、旅行会社も障がいのある人に向けた企画制作・販売に動きが出にくかったのだと思います。
【東京2020大会が契機】
二宮: 2016年に施行された障害者差別解消法の影響も大きいのでしょうか?
渕山: 障害者差別解消法ができたことで、観光業界においては、障がいの有無で差別をしないことや、合理的配慮をするための研修などが増えたと感じています。今、全国の自治体が取り組み始めているのは、2021年に行われた東京オリンピック・パラリンピックの開催も大きいと思います。あの頃、オリンピック・パラリンピックの都市ボランティアと大会ボランティアの研修や、いくつかの自治体がバリアフリー研修を採り入れて、実施していました。その流れは大きかったですね。
伊藤: ところで渕山さんが、ユニバーサルツーリズムに関わられたきっかけは何だったのでしょうか?
渕山: 私は元々、近畿日本ツーリストという旅行会社に勤務する社員でした。たまたま先輩が担当していた「視覚障がい者四国お遍路ツアー」を引き継ぐことになり、何も知らないところからユニバーサルツーリズムの世界に入りました。最初は手探りで失敗ばかりでしたが、とても貴重な経験をさせてもらいました。
二宮: 業務として関わっていくうちに、どんどんのめり込んでいったというわけですね。
渕山: はい。このツアーの参加者の「一生に一度でいいから車を運転してみたい」というリクエストから「視覚障がい者夢の自動車運転ツアー」という企画も生まれました。これは、のちに人気企画となりました。それまでは「絶対にできない」と思っていた夢の実現のお手伝いをできたことは、ユニバーサルツーリズムに携わってきて良かったと、強く実感しました。
伊藤: ツアーの動画を視聴させていただきましたが、参加者がとても楽しそうでした。
渕山: ありがとうございます。我々もいろいろな旅は組み立てながらも、あのプログラムは自発的なものではありませんでしたが、協力をしてくれる人が次々に繋がっていったことで、実現することができました。
伊藤: 2020年に当時務めていた旅行会社を辞めてフリーになられたそうですね。
渕山: 社内で異動があり、新しい部署ではユニバーサルツーリズムとは別のミッションを任されることになった。しかし、私はそれまで20年以上、このユニバーサルツーリズムに関わってきた自負があった。この積み上げたものを一旦、ゼロにしてしまうのはもったいない。それならば、全国で必要とされるところで活動しようと考えたのが、会社を辞めた理由です。
二宮: それは大きな決断だったと思います。
渕山: ただ全国の自治体で、じわじわとユニバーサルツーリズムを推進する取り組みが増えてきていた頃でした。確信はないけど、無謀なチャレンジにはならないという自信もありました。その選択に今も後悔はありません。
(後編につづく)
<渕山知弘(ふちやま・ともひろ)プロフィール>
ユニバーサルツーリズムアドバイザー。1969年、広島県出身。1990年から近畿日本ツーリスト、クラブツーリズムに勤務し、1998年から2020年までバリアフリーツアー、ユニバーサルツーリズムに携わる。退社後はユニバーサルツーリズムアドバイザーとして、全国の自治体、企業、学校等で講演、セミナーなどを行っている。高知県観光特使、東京都観光産業アドバイザー、東京マラソンバリアフリーアドバイザーなども務める。趣味は110㏄のカブで全国を旅すること。好きなスポーツはサッカー。座右の銘は「夢をあきらめない・旅をあきらめない」。
(構成・杉浦泰介)






