編集長コラム
障害者スポーツのおもしろさを求め、現場へ
2015.01.05 [伊藤数子「障がい者スポーツの現場から」]
第51回 2020東京パラリンピックのレガシーとは?
10月、東海道新幹線50周年の行事が様々なところで催されました。その際、必ずと言っていいほど、1964年の東京オリンピックの話題や写真が見られました。2014年は、64年に開催された東京オリンピック・パラリンピックから、ちょうど50年というメモリアルイヤーでもあったからです。
(写真:64年東京パラリンピックの17年後、第1回大分国際車いすマラソンが開催された/写真提供: 社会福祉法人太陽の家)
新幹線や首都高速道路、羽田空港からのモノレールなど、64年に行なわれたインフラ整備は、東京オリンピックのレガシーとして、日本の社会を支え続け、経済発展に寄与したことは周知の通りです。では、そのオリンピックの1カ月後に行なわれた東京パラリンピックで残されたレガシーは、という問いにどのくらいの人が答えられるでしょうか。
先日、あるイベントで50年前の東京パラリンピックでボランティアをした方の体験談を聞く機会がありました。その方は、当時大学生で、東京パラリンピックでは日本人選手の介助をしたり、英語が堪能だったので、通訳として外国人選手の話を日本人選手に伝えることもあったそうです。彼女によれば、当時の日本人選手は同じ障がい者であるはずの外国人選手の言動に、大きな衝撃を受けていたというのです。
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