二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2025.08.28
後編 「物差しを壊してください」
~インクルーシブなクラブへの歩み~(後編)
二宮清純: 現在は日野市ほか多摩市、立川市、稲城市、渋谷区、北区、文京区、足立区の都内8市区で障がい者スポーツ体験教室を通年開催されていますが、そのほかにはどのような活動を?
中村一昭: 我々は障がい者スポーツ体験教室のほか、「パラスポーツ出前教室」というプログラムと、特別支援学校における体育の授業を行っております。これらの活動を含め、まちづくりに繋がると考えています。障がいのある方のスポーツの場を増やすこと。そして健常者に対し、障がいへの理解を深めていただくこと。この両輪を回すことで、誰もが住みやすいまちづくりに貢献したい。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 東京ヴェルディでの10年間で、蓄積してきた独自のノウハウ、プログラムがあるわけですね。
中村: そうですね。基本的なプロセスはイチから私がつくっています。あとはパラアスリートにも話を聞きながら、いろいろなアドバイスをいただいています。どのアスリートに聞いても、一番伝えてほしいのは「障がいがあっても、可哀想って思わないでもらいたい」ということ。障がい当事者やパラアスリートと一緒に学校に伺うと、子どもたちから「可哀想」という言葉が出てくるんです。我々はイベントなどで、締め括りにこう言います。「障がいがあっても人生豊かに暮らせるし、障がいがあってもスポーツを楽しめるんだ」。このことは必ず伝えるようにしています。
二宮: 都立の特別支援学校とはスポーツ指導のほか、イベントでも連携を図っているそうですね。
中村: 2021年には東京都立多摩桜の丘学園と、株式会社エムールとの共同で、東京ヴェルディの本拠地・味の素スタジアムに「Green Heart Room」を設置しました。障がいのある方と、そのご家族にJリーグ観戦を楽しんでもらえるための部屋です。障がいや病気に合わせ、部屋の仕様をカスタマイズしています。その他にも東京ヴェルディのホームゲームにおいて、スポーツ体験、接客などの就労体験、試合観戦を楽しんでいただく機会を提供しています。
二宮: 特別支援学校の多摩桜の丘学園とは授業や部活動でも連携を?
中村: もちろんです。同校とは、当時校長だった帝京平成大学教授の山本優先生が、我々の活動を知り、「ぜひ来てください」と声をかけていただいたことからスタートしました。その時に山本さんに言われた「物差しを壊してください」が、今でも強く印象に残っています。
二宮: どういう意味でしょう?
中村: まず私が山本先生に対し、「我々は、障がいのプロではありません。障がいのある方たちがスポーツを楽しむことができるかを考えてきた集団です」という話をしました。すると「それでもいい。もう好きなようにやって構いません。"障がいのプロ"が特別支援学校の先生だとしたら、その人たちの物差しを壊してください」と言われたんです。「なぜなら、障がいのプロは、"この障がいだとこれはできない、あれはできない"ということを知っている。しかし、その物差しが時に間違っていることもあるからです。なので、その物差しを壊してください。リスクマネジメントに関しては学校側で講じます」とも。
【全国に「する」「みる」環境を】
二宮: いわゆるアンコンシャス・バイアスというものですね、最初からこれだからできないだろう、と決めつけてしまう。
中村: おっしゃる通りです。「先生方が危険だなと思ったものは止めますが、それ以外は、基本的にコーチたちが子どもたちの可能性が伸びるような取り組みをやっていただきたい」と言っていただきました。先生方とコミュニケーションを取りながら、授業のメニューを組み立てていきました。我々としても、先生方とコミュニケーションを密に取っていく中で勉強になったことがたくさんあります。特別支援学校の先生方は、普段から生徒たちと接しており、その子たちの障がいの特徴などを理解している。どんなふうに関わっていけば、子どもたちがうまくスポーツをできるか、どんなふうに声をかけたらいいかなとか、アプローチの仕方をすごく学べました。
二宮: 障がい者スポーツ体験教室や授業において、親御さんが一番懸念されることは安全面だと思います。ドクターやトレーナーが帯同するなど対策は講じられているのでしょうか?
中村: まず、我々のリスクマネジメントとしては、その当事者の皆さんの背景、現状をわかっている方がいることです。先ほども申し上げましたが、私は障がい者スポーツ専門コーチという肩書きではあまりますが、あくまで障がい者スポーツを指導するプロに過ぎないからです。障がい者スポーツ体験教室に福祉作業所の利用者が参加した場合、普段利用者の方々を見ている方々にも参加していただきます。その福祉作業所の人たちは、利用者さんをサポートするプロ。普段の様子を見ていて、それぞれの状況をわかっている。その中でスポーツを楽しみ、何かあった場合には、福祉作業所の方々に対応していただきます。福祉作業所単位ではなく個人単位の参加が多いイベントの場合は、会場に看護師を派遣しています。
二宮: 元々、Jリーグは「地域密着」を掲げてスタートしたプロリーグです。中村さんたちの活動について、他のクラブとのヨコの連携として、連絡会議など情報交換は行っているのでしょうか?
中村: 実際に全クラブが集まって会議するということはありません。ただ各クラブに地域貢献を進めるセクションがあるので、ネットワークはあります。実際に我々の活動を他クラブの方に見に来ていただいたこともあります。障がい者スポーツの活動にも力を入れたいと思っていても、どう一歩を踏み出したらいいのかわからないクラブもあると聞きます。その意味でも我々がどんどん情報発信をしていくことで、この輪を広げていきたいと思っています。
伊藤: 最終的にはJ1、J2、J3の全クラブに広がっていけばいいですね。
中村: そうですね。Jリーグの全60クラブが、障がい者スポーツの環境づくりに繋がることをやっていただけたら、障がいのある方たちがスポーツをできる場が全国に生まれる。その輪がさらに広がっていけば、それこそどこに住んでいても、スポーツを「する」「みる」環境があることに繋がる。それは自分が生きている間に、必ず達成したい目標です。
(おわり)
<中村一昭(なかむら・かずあき)プロフィール>
東京ヴェルディ障がい者スポーツ専門コーチ。1980年7月12日、東京都出身。小学1年でサッカーを始める。大学中退後に指導者に転身。ジェフユナイテッド市原(当時)でサッカー指導者としてのキャリアをスタートさせたのち、同クラブの活動で障がい者スポーツに出会う。ヴァンフォーレ甲府、専修大学松戸高校サッカー部でも指導をしながら、障がい者スポーツに関わる活動も精力的に続けてきた。2014年、東京ヴェルディサッカースクールコーチに就任。翌2015年度から東京都日野市と東京ヴェルディの協働事業として障がい者スポーツ体験教室を開始し、SDGsヴェルレンジャー隊長を務めるなど、障がい者スポーツイベントや学校訪問型のパラスポーツ体験プログラム実施に力を注いだ。2024年から障がい者スポーツ専門コーチとして東京ヴェルディとの契約を更新した。
(構成・杉浦泰介)