二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2010.03.26
第4回「技の極みこそが『障害者スポーツ』」
~パラリンピックへの熱き思い~(4/4)
二宮: 私はパラリンピックという大会はオリンピックとはまた違うおもしろさがあると思っているんです。というのも、「障害者スポーツ」ではハンディキャップを抱えているアスリートがやっているからこそ、「人間って、こんな体の使い方ができるんだ」と新たな発見があったり、「こんなところに勝負にポイントがあるんだ」と各競技の特性が見えたりする。つまり、障害者スポーツならではの楽しみ方があると思うんです。
ところが、日本では「障害者スポーツ」というと、どうも福祉やリハビリの一貫と見られてしまいがちですよね。なかなかスポーツそのものとしては扱っていない現状があります。障害を抱えていることへの同情で、観る側は「感動をありがとう」なんて言ったりする。でも、選手自身は決して同情してもらいたくてやっているわけではないと思うんです。他のスポーツ選手同様、自分自身の技を磨き、極めたいだけなのではないかと。その結果として「感動」があるのならいいんでしょうが......。
新田: 全くその通りだと思います。さまざまな理由で障害を負ってはいますが、選手たちは今ある自分の能力をいかに最大限に出せるか、それに挑戦しているんです。条件は違っても、「障害者スポーツ」もスポーツとして見てもらいたいですし、僕自身は自分の可能性を信じて競技を続けています。
二宮: 荒井監督は長野大会からパラリンピックに携わってきた中で、どんな感想をもたれていますか?
荒井: 「障害者スポーツ」とひと言で言っても、実は国や選手によって手法や取り組み方が違っていたりするんですよ。例えばクロスカントリースキーでは新田と同じように片腕の選手でも義手をつけてバランスよく両腕を大きく振って滑る選手もいれば、(ストックを持たない方の)腕をしっかりと体に密着させて、手を振らずに体ごと前にもっていく選手もいる。じゃあ、新田はどうしているかというと、自分にあるものを最大限にいかす手法をとっています。まるで両手でストックを持っているかのように大きく振って滑っていくんです。同じスタンディングでもこのように主に3つの手法がある。シットスキーだって、足を前に出して前傾姿勢で滑っていく選手もいれば、足を体に密着させて、まるでひとつの固体のようにして滑る選手もいる。こうした視点で見ていると、パラリンピックもスポーツとして十分に興味を持ってもらえると思うんです。
二宮: つまり、各々が自らのハンディキャップに向き合いながら、自らに合った手法で技を極めていっていると。
荒井: はい、その通りです。パラリンピックは4年間、選手たちがトレーニングしてきたことが全て出る。まさにスポーツの醍醐味ですよね。そういった部分を僕は大切にしていきたいなと思っています。
経験こそがアドバンテージ
二宮: 「障害者スポーツ」の奥深さという点でいうと、ハンディキャップを負っている分、さまざまな知恵や工夫が必要になってきます。そのことによって、より高度な技術が求められるわけですが、そのレベルにまで達するにはある程度の経験が必要です。ですから、年齢を重ねると、それがかえってアドバンテージになったりもしますよね。新田選手はまだ29歳。これから、さらに伸びるのではないでしょうか?
新田: そうですね。クロスカントリースキーは自然の中での競技なので、向かい風もあれば追い風もあるし、雪の状態もその日、その時間によって全く違います。悪条件となればなるほど、経験がいかされてくる場面がたくさんあるんです。また、駆け引きという面においても経験はアドバンテージになるでしょうね。若い選手は勢いでどんどん行ってしまいがちですが、ここは抑えるべきなのか、それとも一気にラストスパートをかけて相手にプレッシャーを与えた方が効果的なのか、そういった状況判断は場数を多く踏んでいる選手の方が有利だと思います。
二宮: 実際、レースではどんな駆け引きをしているんですか?
新田: 30秒おきに選手がスタートするので、自分たちは今、何番目のタイムなのか、他の選手がどういう状況なのかというのは、コーチからの情報でしかわからないんです。ですから、苦しい状況だということを悟られないように、ライバル選手のコーチの前ではすごく元気に滑って、「全然、疲れてないよ」という素振りをします。そのコーチがあわててライバル選手に「もっと追いつかないとダメだぞ」という指示が出されれば、プレッシャーになりますからね。苦しい中でも、我慢してポーカーフェイスでいたりして、いかに駆け引きができるか。国際大会で勝つためにはそういうことが重要になってくるんです。
二宮: 監督やコーチも私たちには分からないところで駆け引きをしているんですよね。
荒井: はい。僕らは逆にライバル選手が目の前を通るときには、無関心を装うんです。選手って注目されればされるほど、頑張っちゃうところがあるんですよね。だから、なるべく関心がないようなフリをするんです。でも、実はこっそりと見ていて、心の中では「やばいぞ」なんて思っているんですよ(笑)。
二宮: 順位を決めるにはタイムだけではなく、障害の程度によって決められた係数の計算をしなければなりません。
荒井: 以前はレース中に電卓とストップウォッチを持って計算をしていたんです。でも、計算が遅くて、もう既に選手が通り過ぎてしまって伝えられなかったことも結構ありました。今のようにパソコンが普及されていないときは、乱数表のようなものをつくったりしていたんですけど、「もうわかんないから、適当に言っちゃえ!」なんてことも(笑)。しかし、今では当社の日立システムアンドサービスが開発したタイムランチャーを使えば、すぐに割り出すことができるんです。
二宮: なるほど。そこで日立システムアンドサービスの技術が用いられているんですね。スポーツと科学技術の融合がここにある。
荒井: はい。それから国際大会の現地にスタッフを派遣して、各国の選手たちのデータを細かくとっています。上り、平地、下りそれぞれのタイムがわかるので、どの選手がどこに強くてどこに弱いかを把握することができる。そうすると、平地で負けていても「この選手より上りは速いから大丈夫」ということが言えるんです。初めてパラリンピックに出場した長野大会では海外選手が野獣のように見えて、ただおびえていただけでしたが、今では企業の支援によって海外選手を数値化して見られるようになったんです。
二宮: この12年間で、環境がだいぶ変わってきましたね。
荒井: はい。とはいっても、まだまだ発展途上の段階。パラリンピック代表選手やスタッフの置かれている状況は決して恵まれているとは言えません。それでも我々は当社にスキー部ができたことで、だいぶ環境を整えてもらうことができています。我々や選手たちが今、一番望んでいることは、「障害者スポーツ」をスポーツとして認めてもらい、世界で戦える、世界に勝つことを目指していきたいということなんです。
(おわり)
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<新田 佳浩(にった よしひろ)プロフィール>
1980年6月8日、岡山県出身。3歳時に事故で左前腕を切断。4歳からスキーを始め、小学3年時にクロスカントリーに出合う。高2で長野パラリンピックに出場。筑波大学4年時に出場したソルトレークシティーパラリンピックではクラシカル5キロで銅メダルを獲得した。2003年、アディダス・ジャパンに入社。同年の世界選手権、クラシカル10キロで優勝。2006年日立システムアンドサービスに入社。2010年バンクーバーパラリンピックでは日本選手団主将に抜擢された。
<荒井 秀樹(あらい ひでき)プロフィール>
1955年、北海道出身。日本パラリンピックノルディックスキーチーム監督兼日立システムアンドサービススキー部監督。1998年長野パラリンピック開催を機に障害者ノルディックスキー選手の育成・強化に努めている。