二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2010.07.22
第4回 海外との認知・関心の差
~日本障害者スポーツの実相~(4/5)
二宮: 世界では健常者のスポーツと障害者スポーツに区分けはあるのでしょうか?
中森: 競技スポーツはまちまちですが、例えばテニスは完全に一つに組織化されています。国際テニス連盟の中に車いすテニスの部門があります。日本では日本テニス協会と日本車いすテニス協会と2つに分かれていますが、非常にうまく連携し合っています。
二宮: 中森さんが長年かかわってきた水泳はどうでしょう?
中森: 水泳はテニスのように連携はとれていません。陸上競技もそうですが、大会などの事業が多すぎることが一つあると思います。地域単位でいくつも大会を行っているので、その中に障害者が参加することにはいろいろ改善すべき点が多くあります。将来的には連携を深めて、日本水泳連盟の中に障害者部門が生まれ、日本身体障害者水泳連盟と連携が進み、最終的にはひとつの組織にまとまっていくことが理想だと思っています。
二宮: 例えば近年、急速に力をつけてきている韓国には文化体育観光部があります。障害者スポーツもそこに所管されていると聞きます。
中森: はい、そうです。ですから、韓国は国のスポーツ政策としては一緒に考えられています。しかし、組織はそれぞれ分かれて存在していますがその連携は深くなっています。文化体育観光部の所管となってから4年間で、韓国パラリンピック委員会の予算は10倍になっています。それだけ、国としても障害者スポーツに力を注いでいるということでしょうね。
そういう状況ですが、韓国はバンクーバーパラリンピックでは車いすカーリングの銀メダル1つに終わりました。韓国では雪のスポーツ環境が少ないこともありますが、日本は11個のメダルを獲得しました。競技団体と選手たちは本当によく頑張ってくれましたよ。
二宮: 韓国は国の支援が充実しているんですね。
中森: 国際的企業であるサムスンがパラリンピックのスポンサーになっていることも大きいことです。サムスンのような大企業がつくと、他の企業も後を追うようにスポンサーになってくれますからね。
二宮: 日本では障害者スポーツにまでお金を出そうという企業は少ないですね。
中森: 企業からすると、日本国民の感情も関係しているのかもしれませんね。企業が障害者を利用してビジネスをしようということに賛同できない人はまだまだ多いと思うんです。いくつかの企業がJPC(日本パラリンピック委員会)のスポンサーになってくれていますが、企業の社会貢献としての支援となっているように感じます。
二宮: 他国はどうなのでしょう?
中森: 先進国のほとんどの国で障害者スポーツはスポーツとして認められていると思います。一般市民のパラリンピックへの関心も高く、今回のバンクーバー大会もそうでしたが、会場はどこも熱気に包まれていました。しかも、パラリンピックのような国際大会だけでなく、国内の大会でも会場にはたくさんの観客が詰めかけます。日本はパラリンピックにはだいぶ興味を示してもらえるようになりましたが、国内大会にまで足を運んでくれる人は少ないですね。
二宮: 日本では国内でいつ、どこで、どんな競技をやっているのか、基本情報さえ入ってこないという話を耳にします。
中森: そうですね。日本では、メディアがあまり取り上げてくれないこともあり、関心をもって情報を探す必要があることが理由かと思います。
このバンクーバー大会の前に長野でアイススレッジホッケーの国際大会を行いました。バンクーバーで金メダルを獲った米国をはじめ、3位のノルウェー、5位のチェコと世界のトップレベルのチームが参加しました。そこで、長野市内のすべての中学生に市役所を介して大会のチラシを配布しました。少しでも興味を示してくれるように、「先着100名には日本代表の記念公式バッジをプレゼント」というようなことも入れました。確かに普段の大会よりは応援が多くなりましたが、期待していたほどの人数は集まりませんでしたね。改めて地道にやっていくしかないなと思いました。
急務とされるインフラ整備
二宮: 問題は山積みですが、最重要課題は何だとお考えですか?
中森: まずは基盤整備ですね。何しろ競技団体には事務所を構えていないところがほとんどですから。
二宮: 事務所もない?
中森: はい。各都道府県にある障害者スポーツセンターやボランティアの事務局員の家に事務所を置いたりしています。水泳の場合、そのセンターの水泳スタッフが連絡を受け取っているという具合です。ですから、そのスタッフが本業で忙しい場合は手が回らないことになります。
二宮: 結局、ボランティアでやっている状態なんですね。
中森: はい、そうです。こうした状態を改善したいと思っているのですが......。実は選手強化の責任者もコーチもほとんどがボランティアなんです。
二宮: 普段はそれでもやっていけるかもしれませんが、パラリンピックのような大きな大会になると、それでは対応しきれないのでは?
中森: そのとおりです。例えば、バンクーバーパラリンピックではメダルをたくさん獲ることができましたよね。もうメディアが殺到するわけです。さらに金メダルなんか獲ったりしたら、総理大臣と電話で直接話をする、なんてことになる。そういう社会的責任が伴う対応をボランティアに任せていていいわけがありません。とにかく、きちんとした対応ができるようなかたちを整えなければいけないと思っています。
基盤整備ができたら、次は選手の育成・強化ですね。一人でも多くの専任コーチを置いて効果的に強化していく。そのための強化費をどのようにして増やすかも考えていかなければいけません。
二宮: 基盤整備は所管の厚生労働省の仕事ではないでしょうか?
中森: そう思いますが、厚労省の予算が少なく基盤整備まで手が回っていない状況で、現状は選手強化が中心になっています。日本の障害者スポーツが置かれた現状を考えれば、基盤整備も連動してやっていかなければいけないのですが、なかなか理解してもらえません。そもそもパラリンピック委員会自体、スタッフが不足している状況です。
二宮: 現在、委員会の事務局には何人いるんですか?
中森: 5人ですが、職員は3人で、あとの2人は嘱託職員です。国際大会派遣、大会の企画運営、メディア対応、ドーピング対応、選手強化費の配分、競技団体対応やもろもろの会議開催など、パラリンピックが近づくとてんやわんやの忙しさになります。
二宮: せめて広報室くらいは置かないと、メディア対応もできませんね。
中森: その通りです。特にパラリンピックの年は、メディアから依頼が殺到しますからね。厚労省にはこうした現状を踏まえて支援をお願いしていますが、現状は選手強化中心の支援となっています。
(第5回につづく)
<中森邦男(なかもり・くにお)プロフィール>
1953年、大阪府出身。大学卒業後、大阪市長居障害者スポーツセンターに入職し、障害者スポーツ指導員として水泳を教えた。日本障害者水泳連盟の設立に尽力するなど、障害者スポーツの発展に奔走してきた。現在は日本障害者スポーツ協会の指導部・企画情報部部長および日本パラリンピック委員会事務局長を兼任。今年のバンクーバーパラリンピックでは日本選手団団長を務めた。
(構成・斎藤寿子)