二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2010.12.09
第2回 健常者にこそバリアがある!
~スカパー!の挑戦~(2/5)
二宮: 障害者スポーツの中継というと、それまでモデルがほとんどなかったわけですから、相当な事前準備も必要だったと思います。
田中: まずはプロデューサー、ディレクター、そしてアナウンサーの小川光明さんと現地取材を行ないました。でも、誰も障害者スポーツの現場に行った経験がなかったので、大勢の車椅子の選手を前にして、最初は尻込みをしてしまいました。インタビュー一つするにも、「立ったままでは見下ろす格好になるから、選手に失礼かな。しゃがんで同じ目線にした方がいいのかな」っていろいろと考えてしまう。とにかく何をするにも、腫れ物に触るかのように、オロオロするという感じでした。そんなところからスタートしたんです。
そんなこんなで本番を迎えたわけですが、初めて中継した決勝戦、小川さんの実況は実に淡々としていました。選手のプロフィールやバックグランドについては全く触れなかったんです。彼もいつ言おうか悩みながら、とにかくスポーツ中継としてきちんと伝えよう、ということに必死だったと思います。その年は宮城MAXというチームが初優勝するのですが、試合後にキャプテンとエースのヒーローインタビューが行なわれました。そのインタビュー後、テレビには泣いて喜んでいる選手たちの姿が映し出されたんです。すると、そこで初めて小川さんが、彼らがなぜ障害を負ったのか、ということを語り始めたんです。番組はそれで終わったんですけど、あれは絶妙なタイミングでした。
二宮: そのわずか3カ月後には、北京パラリンピックでの車椅子バスケットボールの試合を中継しています。
田中: はい。男女ともに日本戦の全試合と準決勝、決勝を録画放送しました。もうその頃には我々の方も現場に慣れてきて、選手に対して構えるようなことは全くなくなっていました。選手たちのバックグラウンドに対しても、かつてほど抵抗感なく言えるようになっていたんです。
二宮: 精神的にバリアフリーになったと?
田中: そうです。つまり、バリアは健常者である私たちの側にあるんですよ。しかし、接していくうちに、そんなものはどんどんなくなっていく。それを自分自身が体験したからこそ、障害者スポーツの選手たちを社会の表舞台に出すことこそが我々メディアの役割ではないかと思ったんです。
伝えたいのはプレーの魅力
二宮: 実際、選手たちに聞くと、「ちゃんとアスリートとして扱ってほしい」という声が多い。しかし、伝える側にバリアが張られている限り、「感動をありがとう」だけのドキュメンタリーになってしまう。それをスカパー!が乗り越えたわけですが、どんな反応が返ってきましたか?
田中: 車椅子バスケットボールの選手や関係者からは、感謝の言葉をたくさんいただきました。2009年も5月に男子の日本選手権決勝を生中継しました。さらに12月には日本選手権の再放送とともに、車椅子バスケットボールをモチーフにした漫画『リアル』を描かれている井上雄彦さんとコラボレーションをして、トーク番組を放送したんです。試合や番組を観た方からは「面白かった」「勇気をもらった」というだけでなく、「新しいスポーツを知ることができた」という感想をいただきました。
二宮: 改めてテレビというメディアの影響の大きさを感じますね。
田中: そうですね。ただ、テレビで流せばいいというわけではありません。やはりスポーツは試合の中継をしてこそ、伝わるものがあると思うんです。例えば、車いすテニスプレーヤーの国枝慎吾選手は、テレビ番組でも結構取り上げられていますよね。しかし、彼のすごさはトーク番組では伝わりきらないと思うんです。いかにプレーがすごいかというところを見せないと、視聴者には伝わらない。私たちはこのことを肝に銘じて番組制作を行なっています。
(第3回につづく)
<田中晃(たなか・あきら)プロフィール>
1954年、長野県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1979年、日本テレビ放送網株式会社に入社。箱根駅伝や世界陸上、トヨタカップサッカーなど多くのスポーツ中継を指揮した。さらに民放連スポーツ編成部会幹事として、オリンピックやサッカーW杯などの放送を統括。コンテンツ事業推進部長、編成局編成部長、メディア戦略局次長を歴任する。2005年、株式会社スカイパーフェクト・コミュニケーションズ(現・スカパーJSAT株式会社)執行役員常務となり、現在同社執行役員専務、放送事業本部長を務めている。
(構成・斎藤寿子)