二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2010.12.16
第3回 「ボッチャ」の魅力
~スカパー!の挑戦~(3/5)
二宮: 障害者スポーツの魅力を伝えるためにも、今後は車椅子バスケットボールのみならず、さらに中継する競技の幅を広げていってほしいですね。
田中: 私自身はぜひ、そうしたいと思っています。例えば、2012年のロンドンパラリンピックで可能な限り中継する競技を増やして、パラリンピック全体を映し出せるような番組はつくれないだろうか、とか。そのために現在、中国・広州で開催されているアジアパラ競技大会にスタッフを派遣し、実現への道を模索しているんです。
二宮: 田中さんが今、中継してみたいなと思っている競技は何ですか?
田中: 昨年、東京で開催されたアジアユースパラゲームズで見たボッチャという競技に強い関心があります。ボッチャとはカーリングに似ていて、的となる白いボールに、赤や青のボールを投げたり転がしたりして、いかに近づけられるかという競技です。この競技には脳性麻痺や筋ジストロフィーといった重度の障害をもつ選手も参加しているんです。彼らはほとんど体の自由がききませんから、ランプスというパイプ型の補助具を介助者によって操作してもらってボールを転がします。ただし介助者は話をしたり、サインを送ったりすることは禁止されていて、コートの中のボールも見てはいけない。あくまでも選手の意思で行なわれます。
それを観戦に行った時、出場した選手のプロフィールに「僕はこの競技をやっている時だけが人と対等でいられる」と書かれてあったんです。普段、他人の介助なしでは生活することができない彼らも、ボッチャをやっている時だけは自分の判断、指示でやれる。それがこのボッチャの魅力であると。
二宮: 彼らの生きがいになっているわけですね。何かスポーツの原点を見るような思いがします。
田中: 本当にそうですよね。競技自体も、見ていて十分に面白いので、いつか中継したいなと思っています。でも、そう簡単なことではありません。ボッチャの選手はほとんど若いんです。なぜかというと、さらなる症状の悪化によって競技することさえもできなくなる選手もいるからです。選手生命が短いことも念頭におきながら、アナウンサーがどう表現するかは非常に難しい。でも、迷ったことは口にしなくていい、と私自身は思えていますので、勇気あるアナウンサーが見つかれば、中継できるはず。そしてこれが実現すれば、スカパー!が中継する競技の幅もグッと広がると思います。
ありのままを映し出す勇気
二宮: しかし、競技の幅を広げるとなると、それだけ課題も出てくる。
田中: はい、そうですね。ただ中継すればいいというわけにはいきませんから、伝える側のトレーニングも必要になってくると思います。08年北京パラリンピックでこんなことがありました。ある日本人の水泳選手が金メダルを獲ったんです。テレビ局がインタビューを撮ろうと、プールから上がってきた彼をカメラがとらえたんですね。しかし、その選手は両足と片腕がない。水泳パンツ一枚だから、肌が露出した状態で生々しいわけです。あくまでも想像ですけど、その時、カメラマンは動揺したと思うんです。なぜなら、急にカメラが選手の顔にグッと寄ったんですよ。もしかしたらディレクターから「顔をアップで」という指示があったのかもしれません。でも、私自身はその部分を避けていては障害者スポーツの報道は成り立たないと思っています。逆に、それを映す勇気がないのであれば、最初から障害者スポーツの中継などするべきではない。
二宮: 彼らにとっては両足がない、片腕がないということが普通であって、それを健常者側が見て見ない振りをする。そこにこそ問題があると?
田中: その通りです。彼らにとって普通である姿を私たち報道陣がちゃんととらえることができないというのは、あまりにも未熟であり、情けない。
二宮: しかし、田中さんのようにハッキリと口にして、それを実行しようとする人は決して多くはありません。中には見て見ぬ振りをしておいた方がいいと考える人もいるでしょう。
田中: 一般の視聴者からそう簡単に受け入れられるとは思っていません。いろいろと非難の声があがるかもしれない。しかし、障害者の事実を伝えていかなければ、健常者側のバリアは解かれていかないんです。
(第4回につづく)
<田中晃(たなか・あきら)プロフィール>
1954年、長野県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1979年、日本テレビ放送網株式会社に入社。箱根駅伝や世界陸上、トヨタカップサッカーなど多くのスポーツ中継を指揮した。さらに民放連スポーツ編成部会幹事として、オリンピックやサッカーW杯などの放送を統括。コンテンツ事業推進部長、編成局編成部長、メディア戦略局次長を歴任する。2005年、株式会社スカイパーフェクト・コミュニケーションズ(現・スカパーJSAT株式会社)執行役員常務となり、現在同社執行役員専務、放送事業本部長を務めている。
(構成・斎藤寿子)