二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2011.01.06
第1回 バンクーバーでの転倒秘話
~日本スポーツの未来のために~(1/4)
リレハンメルから5大会連続でパラリンピックに出場。長野大会では日本人初の金メダル獲得という偉業を成し遂げたのが、アルペンスキーヤー大日方邦子だ。これまで金2、銀3、銅5と計10個のメダルを獲得。昨年12月に行なわれたスポニチフォーラムでは、これまでの活躍が称えられ、新設された「ハートフル賞」を受賞した。38歳にしてなお、世界トップの実力をもつ彼女だが、昨冬のバンクーバー大会では滑降で転倒した。幸いなことに後遺症はほとんどなく、今では国内レースに復帰している彼女に二宮清純が第一線を退いた理由について訊ねた。
二宮: 昨冬のバンクーバーを最後に、国際大会には出場しないことを発表されましたね。その理由の一つにはやはりバンクーバーでの転倒があったのでしょうか?
大日方: いえ、実は第一線から身を引こうと考え始めたのはバンクーバーの前からなんです。漠然とではありますが、「この大会が最後になるかもしれないな」と。とにかく大会が終わってからゆっくり考えようと思っていました。
二宮: そのバンクーバーでは転倒事故がありました。
大日方: 転倒した時のことははっきりと記憶に残っています。原因は滑っている途中でスキー板が外れかかってしまったことでした。こんなことは、通常では絶対にあり得ないことなんです。
二宮: それがなぜ、起きてしまったのでしょう?
大日方: コーナーで切り返すところに細かい溝のようなものがあって、そこにスキー板のエッジ部分が当たったんです。もう少し余裕を持って対応すればよかったのですが、スピードを保つために体を一気に下に落としこみすぎてしまった。それでスキー板に耐えられないくらいの負荷がかかったんです。スピードとコース状況、そして私の動きが悪い意味での偶然の一致を生み出してしまいました。
不幸中の幸い
二宮: 転倒したときは咄嗟にどんなことを考えたのでしょう?
大日方: 谷側に放り出されては一番危険なので、なんとか山側に倒れようと思って右エッジに体重を乗せようとしたのですが、ダメだったんです。スピードがどんどん加速していって、目の前の景色が目まぐるしく変わっていく状態の中、「これはまずい。首の骨や脊椎をやられる」と思いました。後でビデオを観たら、咄嗟に首を守ろうと猫のように丸くなっているんですけど、途中、数秒間だけヘルメットを下にして地面を滑っているんです。その状態が続いていたら、頚椎をやられていたところでした。
二宮: 転倒後、気づいたときにはどんな状態だったんですか?
大日方: ポンと投げ出されて......。最初に痛みを感じたのは右手の親指と左肩でした。親指は転倒している時にアウトリガー(注1)にとられて、腱が伸びてしまったんです。肩は転倒している時に何度も強く地面に打ちつけられていたので。でも、痛みよりも翌日のレースでどうやってリベンジしようかということを考えていました。それほど自分では大きな事故だとは思っていなかったんです。救助員の方が駆けつけて来てくれたときも「(バラバラになった)スキー板とアウトリガーさえ持ってきてくれれば、自分で降りられます」と言ったくらいですから。でも、「首が動かないはずだよ」と言われて、初めて首が痛いことに気づいたんです。「とても危険な状態だから」とヘリコプターでゴールエリアまで運んでもらいました。その後、救急車で選手村に運ばれて、そこでMRI(磁気共鳴画像装置)をとったところ、首に異常が発見されました。頚椎がずれていて、いわゆる重いヘルニア状態だったんです。検査結果を待っている間にも、上半身、下半身ともにどんどん左側の感覚がなくなっていくのがわかりました。
二宮: それは危険な兆候ですね。冷静でいられましたか?
大日方: 転倒した時もその後も、意外と落ち着いていられたのですが、さすがにその時ばかりはパニック状態になりました。とにかく精密検査を受けなければいけないということで、再びヘリコプターに乗って病院に行きました。結局、神経を傷つけたわけではなく、一時的に神経を圧迫していたことによる症状だったみたいなんです。6時間ほど経つと、だいぶ感覚が戻りました。本当に運がよかったです。
注1:アウトリガー・・・先端に小さなスキー板が付いたストック。両手に持って使用する。
(第2回につづく)
<大日方邦子(おびなた・くにこ)プロフィール>
1972年4月16日、東京都生まれ。3歳の時に交通事故で右足を切断、左足にも後遺症が残る。高校2年の時にチェアスキーと出合い、94年リレハンメルパラリンピックに出場。98年の長野大会では滑降で日本人初の金メダルに輝いた。昨年のバンクーバーまで5大会連続で出場し、計10個のメダルを獲得した。中央大学卒業後、96年にNHKに入局。07年6月からは電通PRに勤務。
(構成・斎藤寿子)
☆プレゼントのお知らせ☆ 大日方選手のサイン色紙を読者2名様にプレゼント致します。メールの件名に「大日方選手のサイン色紙希望」と明記の上、本文に住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想などがありましたらお書き添えいただき、こちらからお申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り1/31) |