二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2011.01.27
第4回 障害者スポーツが人と社会を変える!
~日本スポーツの未来のために~(4/4)
二宮: バンクーバーパラリンピック後、第一線を退いてからはどんな活動をされているのでしょうか?
大日方: 長野県の菅平高原では毎年12月に「ロシニョールオープニングカップ」という草レースが開催されています。昨年、この大会での「アダプティブの部」(身体に障害のあるスキーヤーのクラス)の設立をお願いしたんです。障害のある人が一般の大会に出場するというと一見、いろいろと面倒なことが出てくるイメージがあると思いますけど、それこそ少しの工夫でできてしまうものなんです。例えば、スタートのバーを少し上げてもらう とか、参加申し込みの受付を2階ではなく、1階に用意してもらうとか......。一般の大会運営の中でちょっとした工夫があればできるんです。今回は私がディレクションを手がけて、トライアルとして行われたのですが、知人に声をかけたところ、5、6人の選手がすぐに集まってくれました。
二宮: 周囲の反応はいかがでしたか?
大日方: 大会運営側もほんのささいな工夫でやれるとわかってくれて、「来年はもっと大々的にやりましょう」と言っていただきました。それと、こんなうれしいことがあったんです。その大会には小学生の部もあって、各地のスキークラブの子たちが出場したんです。あるクラブにはチェアスキーをやっている小学5年生の男の子がいるのですが、その子は大会には出場できません。でも「アダプティブの部があるから、見に来ない?」と誘ったらうれしそうにして来てくれたんです。レースの合間に一緒に滑ることもできて、いろいろと教えてあげることができました。
二宮: その男の子にとっては貴重な体験になったでしょうね。
大日方: そうですね。それに、同じクラブの同級生の子たちの反応もうれしかったですね。そのチェアスキーをやっている男の子は、まだあまりうまくは滑ることができないんです。転んだら一人では起き上がることもできないし、リフトにも一人では乗れない。だから、同級生の子たちはチェアスキーでは自分たちと同じように滑ることなんてできっこないだろう、というふうに見ていたようなんです。ところが、私が目の前で一人でスッとリフトに乗って、自分たちと同じレースコースをサーッと滑っているのを見て、ある男の子がこう言ったんです。「アイツもいずれはうまく滑れるようになるのかな」って。「なるよ。みんなだってスキーを始めたばかりの頃はうまく滑れなかったでしょ。あの子だって、だんだんうまく滑れるようになるんだよ」って言ったら、納得した顔をしていました。一般参加の子どもたちにも、チェアスキーで滑る子どもにも、いい刺激を与えられたんじゃないかなと思いましたね。
国際協力で普及拡大
二宮: 障害者スポーツはルールや用具を工夫してつくられた競技ばかり。しかも、一般のスポーツ以上に変更が多い。それに対応しなければいけないわけですから、子どもたちの順応性を養うにはいい教材になりますね。
大日方: 柔軟に発想した者勝ち、というところがありますからね。本来、スポーツってそういうものだと思うんです。それが障害のある人が行うスポーツでは一般スポーツ以上に見えやすいんです。チェアスキーも用具の進化によって、技術レベルがどんどん高まっています。例えば、長野パラリンピックの頃はスラローム(回転)で一般のアルペンスキーヤーがやるように、ポールを倒すなんてことはチェアスキーでは考えられませんでした。それだけ大回りしていたんです。ところが、現在ではみんなバンバン体当たりして、いかにロスを少なくするかに必死です。なかには体ではなくアウトリガーを使ってポールを払いのけるように滑る選手も出てきています。その技術を完全に身につけているトップ選手が後輩の鈴木猛史です。できないと諦めるのではなく、可能性にチャレンジしていく。それが一番見えやすいのが障害者スポーツなのかもしれませんね。
二宮: 今後、障害者スポーツが普及することによって、さまざまなイノベーションが一般社会の中でも起きる可能性があると思っています。
大日方: 私も同じ考えです。ですから、今後はチェアスキーの普及に努めていけたらなと思っています。チェアスキーというと、どうしても「障害者の競技」と思われがちですが、一般の人たちにだって十分に楽しむことができるものなんです。基本的なスキー技術は立って滑るのと同じ理屈です。スキー板が一本で、より繊細なバランスが求められる部分に面白さを感じてもらえるかもしれません。一般の方たちにもチェアスキーを体験してもらうことで、車椅子バスケットボールのように健常者も障害者も一緒に楽しむことができる競技として普及させていけたらと思っています。
二宮: 海外での普及は広がっているのでしょうか?
大日方: パラリンピックを見る限りでは、先進国では普及していても、発展途上国ではなかなか広がっていないのが現状だと思います。世界人口の8割の人が発展途上国に住んでいるにも関わらず、です。日本の例を見ても、長野パラリンピックが開催されたことによって、障害者スポーツへの見方がだいぶ変わりました。ですから、発展途上国の人にもパラリンピックに出場してほしい。そうすれば、選手本人はもちろんですが、障害のある人たちに対する国の意識も変わってくると思うんです。そこで昨年7月に立ち上げられた国際協力の必要性を訴え、活動を支援する「なんとかしなきゃ!プロジェクト」(http://nantokashinakya.jp/)に参加しています。日本の国際協力の一つとして障害のある人たちにスポーツ用具や技術、生活支援を行なうことも有意義だと考えています。来年のロンドンパラリンピックにも、まだ出場したことのない発展途上国から一人でも多くの選手が出場してくれることを願っています。
(おわり)
<大日方邦子(おびなた・くにこ)プロフィール>
1972年4月16日、東京都生まれ。3歳の時に交通事故で右足を切断、左足にも後遺症が残る。高校2年の時にチェアスキーと出合い、94年リレハンメルパラリンピックに出場。98年の長野大会では滑降で日本人初の金メダルに輝いた。昨年のバンクーバーまで5大会連続で出場し、計10個のメダルを獲得した。中央大学卒業後、96年にNHKに入局。07年6月からは電通PRに勤務。
(構成・斎藤寿子)
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