二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2011.06.16
第3回 知られざる義足ランナーの走行技術
~注目!世界の頂に最も近い日本人ジャンパー~(3/5)
二宮: 中西さんは、今では義足をつけてきれいなフォームで走っていますが、はじめはバランスをとるのに苦労したのでは?
中西: 最初はいわゆる"義足走り"しかできませんでしたね。言葉では言い表しにくいのですが、体のバランスが全く取れていなかったんです。今のようにスムーズに走れるようになるには、相当な時間を要しました。
二宮: 具体的に言うと?
中西: 自分の上半身と足が連動していなくて、どうしたらいいのかわからなかったんです。上半身が前にいこうとしている段階で、既に足だけ前にいっているとか......。今でも、少しトレーニングから離れると、バランスがおかしくなっているなと感じる時があるんです。
二宮: 右足と左足のバランスも重要になりますよね。義足の方の右足は相当、鍛えたのでは?
中西: はい、意識してトレーニングしていかないと、やはり義足の方の筋力は衰えていきますからね。それと、左右のバランスも重要ですが、競技用の義足にはカーボンファイバー製の板バネがついているので、その反発力に負けないようにするためにも筋力が必要なんです。板バネの反発力が大きければ大きいほど、パワフルな走りができますから。
世界記録保持者オスカーは義足の操縦士
二宮: 他に義足ならではの特徴は?
中西: 人間って、無意識に足の裏で微妙なバランス調整をしているんです。でも、切断した足にはその調整する足の裏がないわけですよね。義足をつけることで足の裏はできますが、競技用の義足は接地面が非常に少ない。その少ない接地面でバランスを保つためには、やはり筋力が必要になってくるんです。
二宮: なるほど。確かに走るという行為は、簡単に言えば、足の裏の接地と離地の繰り返しです。そうして足の裏から得た感覚が筋肉や神経を通して伝わっていくわけですよね。ところが、その大事な接地感覚が左右で違うのですから、違和感を克服するのは大変だったでしょうね。
中西: 接地の面積も時間も健常の左と義足の右とでは違うので、最初はどちらの足にどの割合で自分の体重を預けていいか、わかりませんでした。気づくと、無意識のうちに健足側で義足側をカバーしたりしていましたね。
二宮: だからこそ、健足側に負けない筋力が必要になってくるわけですよね。
中西: はい。そういう意識を持ち始めたのは、実は北京パラリンピック後、アメリカで練習するようになってからなんです。義足でバランスを取りながら、片足スクワットをやったりして鍛えた結果、今では両方の太腿の大きさはほとんど同じです。
二宮: 義足ランナー界のスター選手といえば、両足切断者クラスで100メートル、200メートル、400メートルの世界記録保持者オスカー・ピストリウス(南アフリカ)ですね。北京オリンピック出場を目指したことでも有名ですが、彼の走りを見ていると、実にきれいなフォームをしています。義足ではなく、体の一部という感じがしますね。
中西: オスカーはどういうところに、どういうタイミングで体重を乗せれば、板バネの反発力を最大限に引き出せるかということがわかっていますよね。実は、スタートした時点でカーボンの反発力を100%受けてしまうと、そこからが伸びないんです。だから、徐々に反発力をもらうようにしなければいけないんです。健常の足であれば、意識的に徐々にスピードを上げていくことができるのですが、板バネであるカーボンファイバーの反発力をコントロールするというのは、結構難しいんですよ。オスカーは、そういうところもよくわかって走っていますよね。
(第4回につづく)
<中西麻耶(なかにし・まや)プロフィール>
1985年6月3日、大分県生まれ。高校時代はソフトテニスでインターハイに出場。卒業後、08年大分国体を目指したが、仕事中の事故でひざ下を切断した。07年から陸上を始め、翌年の北京パラリンピックでは100メートル6位、200メートル4位入賞を果たした。現在は練習拠点を米国に移し、ロサンゼルス五輪・三段跳金メダリストのアル・ジョイナーから幅跳びの指導を受け、世界記録(5m09)更新を目指している。世界ランキングは100メートル(13秒84)8位、200メートル(28秒52)6位、幅跳び(4m96)4位(いずれも日本記録)(2011年5月現在)。
(構成・斎藤寿子)
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