二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2011.12.15
第3回 子どもの発想は無限大!
~未来を担う子どもたちへ~(3/5)
二宮: 乙武さんは教員として実際、小学校の現場で子どもたちと触れ合ったわけですが、「乙ちゃんルール」のような柔軟な発想をする子どもはいましたか?
乙武: 僕が受け持ったのは小学3、4年生でしたから、まだ自分たちからルールを変更するというようなことは難しいですよね。でもある程度、教師がそういう思考の入口まで導いてあげると、面白い意見がどんどん出てきましたよ。
二宮: 具体的に、どんなヒントを与えたのですか?
乙武: 例えば、体育でバレーボールの授業があるのですが、3、4年生では一度もボールを落とさずに、上空でパスをし続けることはとても難しいんです。そのうえ、そのボールをトスして、自分たちよりもはるかに高いネットの向こうに打ち込むなんてことは、かなり難易度が高い。そこで僕が提案したのは、チームに一人だけトスをする専門の子をつくったんです。その子は唯一、ボールをキャッチしていいと。そしてキャッチしたら、1度だけボールをポンと上げていいことにしたんです。そうすると、ちょっとバレーっぽくなるんですよね。正規のバレーにはないルールなんですけど、子どもたちの発達状況に応じたルールをセッティングしたことによって、逆に子どもたちがバレーという競技を楽しむことができたのではないかなと思います。
伊藤: もともと障害者スポーツというのは、一般のスポーツを少しルール変更したものなんですよね。例えば、シッティングバレーだったら、切断者にもできるようにネットを低くするとか、車いすテニスだったら2バウンドまでOKとか......。つまり、障害者スポーツはもともとあったスポーツのルールを変えたり、工夫したりして生まれたスポーツなんです。それは何も障害者だけに当てはまるものではありません。子どもやお年寄りにとって、難易度が高いのであれば、少しそのハードルを低くすればいいわけです。
二宮: 障害者スポーツは英語で言えば「adapted sports」。つまり「適応させたスポーツ」ということです。乙武さんは子どもたちに適応させたわけで、これもひとつの「adapted sports」と言えるのではないでしょうか。
乙武: そうですよね。サッカーをやっても、普通のルールでやると、子どもたちはボールにばかり群がってしまって、広いグラウンドの中でやっているのに、大きな展開は生まれないんです。そこで、ゴールを2個から4個、ボールも2個にしたんです。そしたらみんな散らばるようになって、結構面白くなるんですよ。
スポーツに見る真の教育
二宮: 結局は、面白いと感じることが大事なんですよね。面白味を感じないのに、ルールにばかり縛られているのはナンセンスです。そもそもラグビーだって、英国のエリス少年がフットボールの時間に、ボールを持って走ったのがきっかけと言われているんですからね。そういうことを考えると、ルールは縛られるものではなく、楽しむためにつくられるべきです。
乙武: 実はサッカーで、ゴールやボールを増やしたのは、子どもたちからの提案なんです。最初の授業で普通にやってみたところ、結局はサッカーの得意な子だけが活躍をして終わってしまったんです。そこで「今日のサッカーはどうだった?」と聞いたところ、運動の苦手な子や女の子からは「つまらなかった」という声が多くあがりました。それで「じゃあ、みんなが楽しめるようにするにはどうすればいいかなぁ?」って、子どもたちに話し合いの時間を与えたんですね。そしたら、ゴールとボールを増やしてみようということになったわけです。
伊藤: 子どもたちの発想は柔らかいですよね。大人にはないアイディアのセンスがあります。そういうものをどんどん引き出していくことは、大人になってから必ず役立つでしょうね。
乙武: 実は子どもたちから提案されたのは、それだけじゃないんですよ。1度シュートを決めた子は、次からはシュートはできないということにしたんです。そうすると、最初はサッカーのうまい子がシュートを決めるわけです。でも、もう自分ではシュートはできない。そこで、チームが勝つには他の子にパスを送って、シュートをさせなければいけなくなる。そうすると、いろんな子にボールが送られて、シュートのチャンスがまわってくるようになるんです。それを子どもたち自身が決めたんですからね。なるほどなぁ、と感心してしまいました。
二宮: それこそが本当の教育のような気がしますね。逆に教師が子どもたちから教わることも多いのでは?
乙武: いや、本当にその通りですよ。どの子どもも発想のポテンシャルは高いんです。それをどう引き出すかなんですよね。
伊藤: 子どもの時にそうした発想力が身に付いていると、「adapted sports」である障害者スポーツへの理解にもつながるのではないでしょうか。
乙武: 確かにそうですよね。障害者スポーツを見ても「あ、障害があっても、楽しめるように、工夫しているんだな」という発想になるでしょうからね。やはり子ども時代にどういう教育を受けるかというのは、重要なんだと思います。
(第4回につづく)
<乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)プロフィール>
1976年4月6日、東京都生まれ。早稲田大学在学中、先天性四肢切断という障害をもちながら生きる半生をつづった『五体不満足』が500万部を超す大ベストセラーとなる。卒業後はフリーのスポーツライターを経て、2007年から3年間、小学校教諭を務めた。現在は練馬区で保育園「まちの保育園」を運営している。著書は『W杯戦士×乙武洋匡』(文藝春秋)、『残像』(ネコ・パブリッシング)、『年中無休スタジアム』(講談社)、『だいじょうぶ3組』(講談社)、『オトことば。』(文藝春秋)など多数。
(構成・斎藤寿子)
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