二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2012.09.20
第1回 真の世界チャンピオンへ
~8年越しの金メダルへの軌跡~(1/4)
まさに"有言実行"の快挙だ。2012年9月2日、ロンドンパラリンピック競泳女子100メートル背泳ぎ(視覚障害)で秋山里奈が優勝し、悲願の金メダルに輝いた。初めて出場した04年アテネ大会で銀メダルを獲得した彼女は、表彰台で08年北京大会での金メダルを誓った。ところが、北京では人数不足という理由で廃止され、同種目では挑戦することすら叶わなかった。それだけに8年越しの金メダル獲得には、喜びがあふれていた。
二宮: 金メダル、おめでとうございます。世界記録更新とはなりませんでしたが、それでもアテネ以降、ずっと思い続けてきた目標を達成して、今どんなお気持ちですか?
秋山: ありがとうございます。本当は「世界新で金メダル」というのが目標だったのですが、今は素直に嬉しいなと思っています。今回は選手村に入ってからプレッシャーなどで体調を崩してしまい、レース当日も本調子ではなかったんです。そんな中で、わずか0.12秒のタッチ差で勝てたことは、本当に嬉しかったです。
二宮: 50メートルのターンをした後、コースロープに当たってしまいました。これでタイムをロスしたと思いますが、焦りは?
秋山: 何かにぶつかるということは、この障害を持っている人が競技をするうえではついてまわることですので、私自身は当たってもすぐに気持ちを切り替えるように心がけています。今回もコースロープにぶつかって失速したのがわかって、「やばい!」と思ったのですが、すぐに「もう二度とぶつからないようにしよう」と切り替えました。その後は、ひたすら「金メダル、金メダル、金メダル......」と思いながら泳ぎました。
二宮: 初戦の100メートル自由形では、フライングで失格になってしまいました。これは相当、ショックだったのでは?
秋山: 「Take your mark」(用意の合図)からスタートするまでが長くて、自覚はなかったのですが、どうもちょっと動いてしまったみたいなんです。それで一発で失格となってしまいました。ショックではありましたが、ただメインの背泳ぎじゃなくて良かったなと。
二宮: 翌日の50メートル自由形も決勝進出することができず、3日目のメインとしていた100メートル背泳ぎでも午前に行なわれた予選では、自己記録から約4秒も遅いタイムで3着と本来の泳ぎではありませんでした。そこから8時間後の決勝までに、どう立て直したのでしょうか?
秋山: 予選が終わった後は、すぐに選手村で食事を摂りました。その後は会場に向かうバスの出発ぎりぎりまでトレーナーの先生にマッサージをしていただいたんです。偶然にも、その先生が現役時代は背泳ぎを専門としていたので、マッサージをしながら、イメージを叩きこむようにしてフォームの修正をしてくれたんです。そして選手村を出る時、その先生が「私ができることは全部やったから、大丈夫!」と言って送り出してくれました。その言葉を聞いて、「こうやってサポートしてくれている人が、できることをやり尽くしてくれたんだから、自分も自分を信じて精一杯泳ごう」と思えたんです。トレーナーの先生のおかげで、あまりくよくよ悩む時間はなかったですね。
二宮: プールサイドに現れた時、とてもいい笑顔でスタンドにも手を振っていましたね。
秋山: 04年から指導していただいている遠藤基コーチにはいつも「笑顔になると、筋肉がほぐれて、泳ぎにもとてもいい効果があるから、試合前は笑いなさい」と言われているのですが、午前の予選まではそんな余裕はありませんでした。でも、決勝前は更衣室で水泳連盟(日本身体障害者水泳連盟)のコーチたちと、かわいく手を振る練習をしていたので、気づけば自然と笑顔で手を振っていましたね。
二宮: 金メダルとわかると、水中で何度もジャンプをしながらガッツポーズされていました。
秋山: あれは心からのガッツポーズでした。タイムを知らずに喜んだのですが、正直、金メダルがこんなに嬉しいとは思いませんでした。というのも、自分の目標はあくまでも「世界新で金メダル」でしたから、記録なしでの金メダルは嬉しさ半分、悔しさ半分かなと思っていたんです。でも、実際は悔しさは全くありませんでした。とにかく勝った喜びの方が大きかったです。
二宮: それほど、全力を出し切ったレースだったわけですね。
秋山: はい。今までは苦しいと思うと、心が折れてしまってスピードを落としてしまうことも少なくなかったんです。でも、今回はスタートからタッチするまで決して諦めずに、渾身の力を振り絞って泳ぐことができたので、納得のいくレースになりました。
二宮: 表彰台の一番高い所で聞く「君が代」はいかがでしたか?
秋山: 「パラリンピックで勝ってこそ世界チャンピオン」と思っていたので、表彰台では「これが世界一ということなんだな」と喜びをかみしめていました。
(第2回につづく)
<秋山里奈(あきやま・りな)プロフィール>
1987年11月26日、神奈川県生まれ。先天性の全盲。3歳から水泳を始め、小学5年の時に読んだ本で知った河合純一選手(バルセロナ大会から6大会連続でパラリンピックに出場し、計21個のメダルを獲得している)に憧れてパラリンピックを目指す。高校2年時に初出場したアテネ大会では100メートル背泳ぎで銀メダル。08年北京大会では同種目が廃止されるも、50メートル自由形で8位入賞を果たす。ロンドン大会では100メートル背泳ぎで悲願の金メダルに輝いた。今年7月のジャパンパラでマークした自己ベスト1分18秒59は世界記録となっている。現在は明治大学大学院に通っている。
(構成・斎藤寿子)
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