二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2013.07.18
第2回 ドイツで訪れた転機
~射撃に魅せられて~(2/4)
二宮: 田口さんはもともと何かスポーツをされていたんですか?
田口: 小さい頃は水泳を習っていましたし、学校の部活動としてバスケットボール部やテニス部に所属していました。でも、真剣に取り組んでいるというよりは、ただ遊び感覚でやっていただけでしたね。
二宮: 射撃を始めたきっかけは?
田口: 25歳の時、脊髄の病気を患って2年間、入院したんです。その時に、同じ病室の人と「障害があってもできるスポーツって何だろう?」と話していたところ、挙げられた中のひとつに射撃がありました。その時は「そうなんや」と思うくらいだったのですが、退院して仕事を始めて半年ぐらい過ぎた頃に、一緒に病室で過ごした方に誘われたんです。その時は光線銃のビームライフルだったのですが、そのうちに試合にも誘われて、初めて出場した大会で優勝してしまったんです。
二宮: もともと素質があったんでしょうね。
田口: いえいえ、本当にラッキーなだけだったと思います(笑)。そのラッキーが2、3回ほど続いた時に「空気銃をやってみないか」と誘われたんです。「じゃあ、やってみようかな」くらいの気持ちで始めたら、今度は「試合があるから出てみないか?」と、またお誘いの言葉をいただいたんです。そしたらそれが、世界選手権に出場するための選考会だったんですよ。それで日本代表に選ばれて世界選手権に出場したら、高得点が取れて、フェスピック釜山大会(現アジアパラ競技大会)の代表に選ばれました。その大会でもメダルが獲れて、気づいたらパラリンピックの参加資格を得ることができたんです。周りから「今後、頑張って成績を伸ばせば、パラリンピックに出られるかもしれないよ」と言われて、そこで初めてパラリンピックというものを意識しました。
満点を生み出した意識の変化
二宮: 田口さんにとって、転機となった大会は?
田口: 2003年にオープン参加で出場したヨーロッパ選手権(ドイツ)での失敗が、競技への意識を大きく変えました。それまでは海外といっても韓国など日本に近い所ばかりだったので、特に時差の影響を考えたりして、身体をケアするということはまったくしていませんでした。私は大会となると、いつも人一倍緊張するタイプで、ご飯が喉を通らなくなるので、何も食べないまま試合に臨んでいたんですね。それでヨーロッパ選手権に行った時も、いつもと同じようにしてご飯を食べずに試合に臨んだら、途中で低血糖になって倒れてしまった。それで気持ちが焦って、過呼吸を引き起こし、そのまま棄権してしまったんです。それがすごく悔しくて......。射撃を始めてから、あんなに悔しいと思ったのは初めてのことでした。それから競技への意識が変わりましたね。
二宮: ヨーロッパ選手権で味わった悔しさをきっかけに、真剣に取り組み始めたと?
田口: はい、そうなんです。体調管理や食事にも気を配るようになりました。そのヨーロッパ選手権の次が熊本での大会だったのですが、それまで当日入りしていたのをやめて、前日に入りました。少しでも体を休めようと思ったんです。当日の朝も、ちゃんとご飯を食べて試合に臨んだところ、日本新の 600点満点を出すことができました。「あぁ、やっぱりこういうふうにして気をつけないといけないんだな」と、痛感しましたね。
二宮: パラリンピックへの思いも強くしたのでは?
田口: そうですね。それまでは「パラリンピックに出られるかもしれないよ」なんて言われても、正直言って、他人事のように思っていたんです。「みんな、よう頑張るなぁ」なんて思ったりして(笑)。でも、競技に対する真剣度が増していく中で、自然とパラリンピックへの気持ちも強くなっていったような気がします。
(第3回につづく)
<田口亜希(たぐち・あき)プロフィール>
1971年3月12日、大阪市生まれ。大学卒業後、郵船クルーズに入社。25歳の時、脊髄の血管の病気を発症し、車椅子生活になる。退院後、友人の誘いでビームライフルを始め、その後ライフルに。アテネ、北京、ロンドンと3大会連続でパラリンピックに出場。アテネでは7位、北京では8位に入賞する。現在は郵船クルーズに勤務する傍ら、競技生活を続けている。英語も堪能で、2016年五輪招致活動では最終プレゼンターを務める。今年3月には、20年五輪招致における国際オリンピック委員会(IOC)評価委員会の前でプレゼンテーションを行なった。
郵船クルーズ http://www.asukacruise.co.jp/
(構成・斎藤寿子)
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