二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2014.10.30
第4回 育んでいきたい「みんな」という概念
超高齢社会を乗り越えるために ~パラリンピアンがもつノウハウ~(4/4)
黒岩: 先日、あるシンポジウムで障がい者雇用について議論を交わしたのですが、その時に私は違和感を覚えたことがありました。議論の中で頻繁に「健常者」「障がい者」という言葉が出てきたのですが、そもそも人を「健常者」と「障がい者」にはっきりと分けることができるのかなと。というのも、誰でも何かしらの障がいが出てくると思うんです。例えば、視力が弱いというのは障がいと言えなくはないですよね。しかし、メガネやコンタクトをして生活に支障がないから、「障がい者」とは言われないだけだと思うんです。そう考えると、まったくどこにも障がいがない人って、どれくらいいるのかなと。これは、「健康」と「病気」を完全に分けない「未病」の概念につながってくると思うんです。
二宮: 特に齢を重ねていけば、誰でもどこかしら体に支障は出てきますからね。
黒岩: 私の母親も年を取って「膝が痛い」と言うようになってきた。歩くことはできるけれども、ちょっと歩行困難になってきているわけです。では、「障がい者なのか」と言われると、「障がい者というほどでもないけれど、健常ではないわけだから、障がいと言えば障がい......?」ということになる。つまり、人は「健常者」と「障がい者」に分けることなんてできないんです。
二宮: それはパラリンピックへの理解を深めるためにも、非常に重要な概念だと思います。2020年には東京でパラリンピックが開催されるわけですが、前回の東京パラリンピックが開催された1964年は、65歳以上の人口はわずか6%でした。ところが、2020年にはこのままいくと30%前後になる。日本でパラリンピックに対する理解が少しずつ進んできた背景には、こうした超高齢社会との密接な関係があるのではないかと思われます。例えば、公共施設をユニバーサルデザインにしていかないと、自分たちが高齢者になった時に困るわけですからね。わが身のこととしてとらえ始めたというのが、これまでとの違いではないかなと。2020年の東京パラリンピックの競技会場においては、神奈川県もトライアスロンやヨットの候補地となっていますが、ユニバーサルデザインという点ではどのように進めていくのでしょうか。
黒岩: もちろん施設においてのユニバーサルデザインは今後、不可欠になってくると思いますが、スポーツへの考え方も変わっていくと考えています。これからは障がいの有無に関係なく、「みんなが楽しめるスポーツ」という発想が広がっていくのかなと。そのリード役に神奈川県がなっていきたいと思っています。
二宮: すぐには無理でも、少しずつ整備していけば、どんどん広がっていくでしょうね。それこそ、草の根レベルでなら、全員参加型の大会やイベントを開催することは可能なはずです。
黒岩: 単に「スポーツを楽しみましょう」というだけで終わらせるのではなく、超高齢社会をみんなで乗り越えていける。スポーツはそのひとつの手段・手法なんだ、ということをみんなで共有していきたいですね。
【高齢者とパラリンピアンの密接な関係性】
伊藤: 神奈川県で取り組まれている未病対策には、パラリンピック選手のノウハウが大いに活用できるのではないでしょうか。
黒岩: そうですね。高齢者がパラリンピアンから学ぶことはたくさんあるのではないかと思います。高齢になると、膝や肩が痛くなる中で、そのほかの機能を有効に使うことはできると思うんです。そういう意味では障がいがあっても、そのほかの機能を使ってスポーツをしているパラリンピアンの方たちから学ぶノウハウはたくさんあるのではないかと。
伊藤: そう考えると、パラリンピアンは高齢者の先輩とも言えますね。
二宮: もともと障がい者スポーツの理念というのは、「失ったものを数えるのではなく、あるものを最大限にいかしていこう」ですからね。
黒岩: その理念は高齢者にも当てはまりますよね。今は高齢者がパラリンピックを見ても、「すごいな。頑張ったんだね」と、自分たちとは別世界のことのように感じている。でも、考えてみれば、自分たちにもつながる話。そういう考えが浸透することで、パラリンピックへの理解もより深まっていくのだと思います。
(おわり)
<黒岩祐治(くろいわ・ゆうじ)>
1954年9月26日、兵庫県神戸市生まれ。早稲田大学卒業後、1980年株式会社フジテレビジョンに入社。営業部、報道記者、番組ディレクター、報道キャスターを務める。2009年に退社し、国際医療福祉大学大学院教授に就任。11年3月に辞職し、神奈川県知事選に立候補。初当選し、同年4月、知事に就任した。
(構成・斎藤寿子)