二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2015.06.18
第3回 "相棒"とともに、再び世界の舞台へ
~義足のスプリンターが駆け抜けるリオ、東京への道~(3/4)
伊藤:高桑選手は現在、女子100メートルT44クラスの日本記録(13秒69)ホルダーです。昨年10月のインチョンアジアパラ競技大会では、同種目の銅メダルを獲得しましたが、主に下肢に障がいがあるT44と、主に上肢に障がいがあるT47という2つのクラスが混在するレースでした。3位の高桑選手より先着した2人は、いずれもT47クラスの選手。相当、悔しかったと、お聞きました。
高桑:そうですね。ちょっといろいろ思うことはあるんですが、でもあの状況で、自己ベストを上回る13秒38を出せたことは、かなり自信になりましたね。残念ながら追い風3.1メートルのため、参考記録(公認記録は追い風2.0メートルまで)にはなってしまいましたが、自分自身がそのタイムを出す力があるという手応えは掴めました。
二宮:1年後に控えるリオデジャネイロパラリンピックについては「(ロンドンパラリンピックの)リベンジのつもりでいる」と、おっしゃっていましたね。さらに1ランク上の記録を目指すということですか?
高桑:はい。最低限の目標としては、"ロンドン超え"は常に意識しています。ロンドンパラリンピックでは100メートル、200メートルはともに7位。幅跳びは予選落ちだったので、それよりもひとつ上、さらにひとつ上と狙っていきたいです。願わくば、メダル争いに絡めるように、今はトレーニングを積んでいます。
伊藤:リオの選考はいつから始まるのでしょうか?
高桑:インチョンのアジアパラ競技大会からスタートしているので、もう始まっています。日本代表は来年の7月中ごろに発表になると思います。
伊藤:それまでに派遣標準記録を切らないといけないわけですね。
高桑:そうですね。今年10月にUAEのドーハで行われる世界選手権で、個人種目は2位以内に入れれば、代表内定になるんです。それ以外はA標準を突破することと、世界ランキング8位以内に入っておくということが条件となります。
二宮:現在、100メートル、200メートルはいずれも世界ランキング5位。幅跳びでは3位につけています。3種目とも8位以内ですから、全て圏内に入っていますね。
※ランキングは2015年5月時点
高桑:昨年は100メートルで7位、200メートルは5位でした。例年、そのあたりをキープできていますね。
【人それぞれ違う義足への感覚】
二宮:現在、高桑選手の義足は義肢装具士の臼井二美男さんがお造りになっていると聞きました。臼井さんと言いますと、この道のスペシャリストです。
高桑:はい。とても経験がある方なので、感覚が研ぎ澄まされている感じはします。私もまだ何本も造っていただいているわけではないんですが、一発で私に合うものを造ってくれますね。
伊藤:「義足に血が通う」という言葉を臼井さんから聞いたことがあるんですが、高桑選手は義足に対して、どんな感覚をもっていますか?
高桑:「血が通う」という表現を否定するわけじゃないんですが、私はどちらかというと、義足をあくまで"道具"としてとらえています。もっと言うと、"一緒に頑張って行こうぜ"という"相棒"のような存在だと思っています。
二宮:自分の身体の一部として捉えるのではなくて、あくまでも道具、相棒なんだと。これは人それぞれ、アスリートによって感覚が違うんでしょうね。
高桑:そうだと思います。私は義足を"使いこなしていこう"と思っています。義足が"自然と動く"のではなく、"私が動かしているんだ"との気持ちの方が強いですね。
二宮:なるほどね。現在、高桑選手と同じT44クラスの競技人口は少ない状況とお聞きしました。アジアパラ競技大会でもそうでしたが、国内の大会でも違うクラスの選手と一緒に走ることもあるそうですね。やはり今後の普及が大事になってくるでしょうね。
高桑:そうですね。ただ私たち義足ランナーの場合は、とにかく道具にお金がかかるんです。私が今、競技で使っている義足は1本90万円ちょっとします。
二宮:たとえば国や地方自治体からは支援はないんですか?
高桑:基本的には自費です。日常で使う義足に関しては補助金も出ますが、スポーツ用の義足は「趣味」という扱いなので、補助はおりないんです。私は年に1本ですが、多い人は2本なので、どうしても各自の負担は大きくなってしまいます。
伊藤:2本買ったら約180万円以上もかかるわけですよね。それに支援はないがないわけですから、毎年、車を買い替えているようなものですね。
高桑:だから若い子がはじめにくいんですよね。下腿義足で走っているのは、不思議と年齢の高い人が多いんです。それはお金にある程度の余裕がないとできないからなんです。
伊藤:選手ひとりひとり切断面も違えば、足の太さや長さも異なります。それぞれに合わせたものを造るので、どうしても値段は高くなりますよね。
高桑:そうなんです。そして、ひとつひとつがオーダーメイドであるため、競技を試しにやってみたくても、その人に合った義足が既存のものでは簡単には見つからないんです。
伊藤:試しにやってみて、"好きだ""おもしろい"と感じたら買おうという気にはなると思います。それこそ車イスだったらレンタルすることもできるでしょうね。しかし、義足はレンタルなどで気軽に試しようがありません。90万円もしますと、"やるかやらないかわからないけど、とりあえず買おう"なんて人はなかなかいないですよね。
高桑:だから、いろいろなエンジニアさんに「どうにか3000円以下で義足を造ってくれませんか」とお願いしているんです。3000円以下で買えるスポーツ義足、それをお試し用に使えれば、きっと小さい子もどんどんチャレンジして、走ってくれるはずだと思うんです。
(第4回につづく)
<高桑早生(たかくわ・さき)>
1992年5月26日、埼玉県生まれ。小学6年の冬に骨肉腫を発症し、中学1年の6月に左足ヒザ下を切断した。高校から陸上部に入り、2010年の広州アジアパラ競技大会では100メートルで銀メダル、走り幅跳びで5位入賞。高校卒業後の11年からは慶應義塾大学体育会競走部に所属する。12年ロンドンパラリンピックでは100メートル、200メートルともに7位入賞を果たす。14年7月、100メートルで日本新記録となる13秒69をマークすると、10月のインチョンアジアパラ競技大会では100メートルで銅メダルを獲得した。今春からエイベックス・グループ・ホールディングス(株)に入社。
(構成・杉浦泰介)