二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2015.07.09
第1回 世界を目指すことで得られる視点
~食とスポーツで明るい未来を~(1/4)
世界的パティシエの辻口博啓氏。モンサンクレール(東京・自由が丘)をはじめ、コンセプトの異なる12ブランドを展開し、一般社団法人日本スイーツ協会代表理事を務めるなど、スイーツ文化の発展・向上に貢献してきた。また障がい者によるスイーツの製造・販売を手掛ける「テミルプロジェクト」(社会貢献活動のデザインにおいて、2011年度グッドデザイン賞受賞)でレシピの考案、指導を行うなど、活動の幅は多岐に渡る。いわば食のスペシャリストである辻口氏に"食とスポーツ"の可能性をインタビューした。
伊藤:本日のゲストは、スイーツの数々の世界大会で優勝するなどグローバルなご活躍をされているパティシエの辻口博啓さんです。辻口さんは、現在NHKで放送中の連続テレビ小説『まれ』で製菓指導を担当されています。ドラマは辻口さんの故郷である石川県を舞台に、主人公のまれが世界一のパティシエを目指すストーリーです。
辻口:『まれ』の物語も中盤にさしかかり、最近では少しずつドラマ内に出てくるお菓子も本格的になり、製菓指導として作るものも変わってきています。主人公のまれの幼少期は、子どもが作った特徴を出すためにあえて不揃いなシュークリームを準備したりしていました。でも今はまれもパティシエとして成長してきましたので、作るお菓子のクオリティーは当然、高くなる。もうプロとして、いつも通りのレベルのものを作ることができるので、非常に助かっております。
伊藤:製菓指導はご指導するだけじゃなくて、ドラマに出てくるお菓子も全部作られているんですか?
辻口:そうですね。まれの働く横浜のフランス菓子店「マ・シェリ・シュ・シュ」のショーケースに並んでいるケーキは、実はモンサンクレールのものもあるんですが、それ以外でも、ドラマのストーリーによって、いろいろなお菓子を考えますね。"貧乏家族のロールケーキ"とか、まれの故郷である石川県の能登を象徴するような素材を使ったり、時代背景に合わせながら作っていくんです。
二宮:では「美術部」的な役割も担っているわけですね。
辻口:役者さんのお菓子の作り方だけでなく、セットも含め、監修していかなければいけないんですね。厨房での粉の散り具合など、細かい点をチェックしています。
二宮:ではお菓子の専門家から見ても、"しっかりできているな"と思わせるような環境を用意しなければいけないと?
辻口:そうなんですよ。だから、厨房のセット作りの段階から「こういうセットだと、おかしいですか?」と打ち合わせしてきました。どうしてもある程度は、視聴者に伝わるようにしなければいけない。その部分と、職人の部分とのせめぎ合いなんですよね。
二宮:事実と演出。プロとプロのこだわりがぶつかり合うわけですね。
辻口:はい。「一般的な方々には、これでは分かりづらいんですよ」とかね。そういう話し合いは多々ありますね。例えばまれがお菓子を作っているシーン。私は「いくらなんでもこんなに散らかってないですよ」と言うんですが、演出側とすれば、まれは初めてだからもっと散らかせたい。もし、実際にそんなことをやっていたら、雇う側は「出ていけ!」と言いたくなるような感じですね(笑)。
【オリンピック・パラリンピックは世界に触れる絶好の機会】
伊藤:辻口さんはスイーツの世界大会に日本代表として出場し、数々の優勝経験をお持ちです。私たち、「挑戦者たち」もパラスポーツの選手が世界を目指す姿を読者の方にお届けしています。スポーツとお菓子という違いはあれど、世界を目指すといったところでは共通する部分もあるのではと思います。
辻口:世界を目指すということは、日本を俯瞰で見ることができることなんですよね。我々が当たり前に生活している文化そのものが、世界では普通じゃない場合はいっぱいある。個々の世界の中で風土や食文化も違うし、それぞれの習わしもあります。そこで培ったひとつの文化圏ができているわけで、日本でやっていることだけが全てというわけじゃないと気づくことができると思います。
二宮:一点だけでモノを見るのではなく、視点を変える必要があるわけですね。
辻口:地球規模で物事を見られるようになってくると、いろいろな発想などが自分の中に浮かんでくる。だからオリンピック・パラリンピックで様々な国の人や文化に触れることは、とても意味のあることだと思うんです。
伊藤:そのオリンピック・パラリンピックが、あと5年で日本にやって来ます。特にパラリンピックには、どんなことを期待していらっしゃいますか?
辻口:オリンピックを含め、間近でパラリンピックをまだ見たことがないんです。車いすの使い方ひとつにしても、すごく激しいと聞いているので、その臨場感を味わってみたいという気持ちはありますね。
伊藤:ぜひ生でパラスポーツの魅力を体感してほしいです。
辻口:どういうスポーツがあるのか、まだまだ知らないことも多いので、いろいろな競技を勉強したいですね。それに日本には車いすテニスの世界一のテニスプレーヤーがいますしね。
二宮:国枝慎吾選手はパラリンピックでは、シングルス2個、ダブルス1個と計3個の金メダルを獲得しています。グランドスラム(四大大会)車いす部門で歴代最多の19回のシングルス優勝を誇ります。
辻口:やはり世界一の選手のプレーを見てみたいという思いはありますね。大会をとても楽しみにしています。
(第2回につづく)
<辻口博啓(つじぐち・ひろのぶ)>
1967年3月24日、石川県生まれ。世界大会で数々の優勝経験を持つ、世界的パティシエ。モンサンクレール(東京・自由が丘)をはじめ、コンセプトの異なる12ブランドを展開している。NHK連続テレビ小説「まれ」では製菓指導を担当。食育や教育にも積極的に取り組み、専門学校やお菓子教室で校長を務め、後進の育成に力を注ぐ。自らが代表理事を務める一般社団法人日本スイーツ協会では「スイーツ検定」を実施し、「スイーツ育」を提唱。スイーツ文化の発展、向上に努めている。石川県や三重県の観光大使、金沢大学非常勤講師、産業能率大学客員教授を務める。
(構成・杉浦泰介)