二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2015.09.10
第2回 緻密さを求めるマネジメント
~男子車椅子バスケ、指揮官が描くストーリー~(2/4)
伊藤:ヘッドコーチ(HC)に就任して、2年が経ちました。チームとして意識していることはあるのでしょうか?
及川:戦略的な要素を積極的に取り入れることは、今の日本代表の一番の特徴にしていますね。例えば、今年bjリーグで優勝した浜松・東三河フェニックスの東野智弥HCには我々の戦略コーチになってもらっているんです。これまでの2年、毎月のように僕が愛知に行き、東野さんとビデオを見ながら、計画を立ててきました。一緒に遠征に行くなどして、戦略的な部分をつめていっています。僕がbjリーグの試合を見に行って、東野さんと話し合うこともある。今のバスケットボールのトレンドを、いかに車椅子バスケに落とし込めるかをずっとやってきた。それが今、確実に力となっている気はしています。
二宮:浜松・東三河と秋田ノーザンハピネッツのbjリーグファイナルを見ていても、浜松は非常にシステマティックな動きでした。そのチームマネジメント術を参考にするわけですね。
及川:ええ。やはり選手のエネルギーをどうやってマネージしていくかも大事になってきます。バスケは選手交代をいくらでもできるので、いかに選手のエネルギーをいいところで使えるかがカギです。メンバーチェンジ以外にもタイムアウトを駆使するなど戦略的にどう組み立てていくか。いかに起承転結を4つのクオーターでつけられるかを、東野さんとはいろいろとディスカッションしてきましたので、その点の相互理解もだいぶ深まりましたね。
二宮:車いすバスケは選手の障がいに応じてポイントが決まっていますよね。コートに立てる選手たちのポイントの合計には上限(※)があり、それを計算してオーダーを組まなければならない。バスケとは違う苦労があるでしょう?
※障がいの程度により、1.0点から4.5点まで8段階でクラス分けされる。コート上の5人の合計が14.0点以内でなければならない。
及川:そうですね。そこがまさに僕の仕事です。バスケットボールから得られるコンセプトとか、やり方を車椅子バスケに変換して、使えるようにしていく。その点を非常に細かくやっていますね。やはり1個のボールを5人で扱い、シュートをゴールに入れるという基本は、車椅子でも、健常者でもゲーム自体は変わらないです。ルールに則って、勝つための策を練るのは同じ。それを車椅子バスケにどう反映させられるかが一番のポイントになってくると思います。
伊藤:メンバー構成においては「ユニット」(5人の組み合わせ)を組み立てていくとお聞きしました。
及川:持ち点がある以上は、"この選手を出すには、この選手も出さないといけない"といったように自然とグループになってくるんですね。そのグループでチーム(ユニット)を作り上げ、完成度を高めていく方が合理的です。だから1人ずつ替えるよりは、"チームAの次はチームBでいく"というふうにすればいい。それぞれ、リーダーや戦術も違ってきますので、チーム(ユニット)ごとに交代したほうが選手たちにとってクリアーだし、チームビルディングもしやすいんです。
二宮:そのチーム(ユニット)ごとに、お互いのやるべきことを理解し合っているんでしょうね。その方が、ミスも少なくなるはず。及川HCの狙いとしては、完成度を高める作業をさらに充実させていきたいと。
及川:僕はそこに戦略的な緻密さをチームに盛り込んでいきたい。将来、世界に向かって戦う上での売りにしたいなと思っています。
【"新加入"した同学年コーチの存在】
伊藤:5月に元日本代表の京谷和幸さんがアシスタントコーチでスタッフに入られました。2000年のシドニーから4大会連続でパラリンピックに出場した京谷さんは、現役時代持ち点が低い(障がいの重い方が持ち点が低い)選手でした。そういった経験も踏まえてのものですか?
及川:もちろん、ありますね。僕が話すことは、障がいが軽い選手の視点から来ているのは間違いない。障がいが重い、ローポインター(持ち点が低い選手)たちは、僕の話を"ハイポインター(持ち点が高い選手)の視点"と思いながら、聞いている部分はあると思います。そういった意味で京谷が、このタイミングで入ってきたことは、チームに一気にアクセルがかかったというか。今までは少し曖昧にしていて、触れなかった部分に、彼がガッと入ってくれた。ここはすごく助かっていますね。
二宮:確かにローポインターとハイポインターとでは、同じ車いすバスケでも見る視点が違ってくるんでしょうね。
及川:全然違うと思います。ハイポインターはかなりアクティブに動いてショットも入れていくので、力を発揮しないといけないプレッシャーはありますが、プレー後の満足感、達成感を得易いんですね。一方、ローポインターは非常にクレバーじゃなきゃいけない。タイミング、コミュニケーション、メンタリティーなどが非常に重要になってくるんです。「ガッと行けばいいんだ」みたいな感覚的な僕の指示に対しては、理解しにくい部分もあるだろうと思います。そこを京谷が「アイツの言っているのはこういうことだから、オマエはこうしろ」とフォローしてくれているんです。
二宮:ハイポインターはボールによく絡む印象がありますが、ローポインターの役割も非常に奥が深いんですね。
及川:今はローポインターが活躍しないと勝ち上がっていけないんです。つまりハイポインターをどうローポインターが生かすかなんていうのは、もう昔の時代の話です。現在は1点、2点クラスのローポインターが活躍しなければいけない時代に入っていて、そこに戦略な手を打っていかないと上には上がっていけませんね。
(第3回につづく)
<及川晋平(おいかわ・しんぺい)>
1971年4月20日、千葉県生まれ。高校1年の冬、骨肉腫で右足を切断。1993年に千葉ホークスに入り、車椅子バスケットボールを始める。翌年、米国に留学。シアトルスーパーソニックス、フレズノレッドローラーズでプレーする。2000年にはシドニーパラリンピックに出場した。02年、車椅子バスケットボールチーム「NO EXCUSE」を立ち上げ、現在はヘッドコーチとして活躍。12年ロンドンパラリンピックは男子車椅子バスケットボール日本代表アシスタントコーチとして経験した。13年から日本代表ヘッドコーチに就任。14年インチョンアジアパラ競技大会ではチームを銀メダル獲得に導いた。PwCあらた監査法人に勤務。
(構成・杉浦泰介)