二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2016.01.21
第3回 メダルの"力"
~冬から夏へ、夢のペダルを漕ぐ~(3/4)
二宮:鹿沼選手は現在、楽天ソシオビジネス所属です。入社するきっかけは?
鹿沼:2014年のアジアパラ競技大会でケガをしてしまって、その時に"自転車でもケガをしてしまうのか"と落ち込んでしまったんです。その時にパラサイクリング連盟の方から紹介を受けて、会社の方も競技への再起に向けて一緒に闘ってくれるという意気込みでいてくださいました。それで自分も"ここで一緒にやっていこう"という気持ちが湧いてきて入社しました。
二宮:仕事をしながらトレーニングも積んでいるそうですが、どのような生活を送っているんでしょう?
鹿沼:平日朝は、会社へ行く前に、自宅で練習をします。車庫にペダリングやバランス感覚を養うためのローラー台が置いてあるので、そこで汗を流しています。会社では現在、6時間勤務で人事関連の仕事をさせていただいています。昼休みに少し時間があれば、社内にトレーニングジムがあるので、そちらでストレッチなどもします。帰宅後にはワットバイクで練習したり、筋トレもやっています。
伊藤:仕事がない日はどちらで練習を?
鹿沼:静岡県・修善寺の日本サイクルスポーツセンターに、パラサイクリングの合宿所があるんです。そちらにはトラックや5キロのロードを走れるコースがあるので、週末はそこで練習しています。
二宮:なるほど。楽天に入って一番恵まれていると感じるのはどういう点ですか?
鹿沼:競技と仕事との調和ですかね。練習もしつつ、仕事でもスキルアップも出来るので、それがいいモチベーションになっています。
【競技への活力】
二宮:社員の人から「頑張ってるね」「この前見たよ」など、そういう励ましの声を受けることは?
鹿沼:ありますね。社内にも自転車を好きな方がいらっしゃるので、お昼休みに自転車の話をしたりしています。
伊藤:会社から支えられているというのが感じられることはいいですよね。多くの選手がメダルを獲ったら、ご家族や会社の人に見せたいとうかがいますが、やはり鹿沼選手も?
鹿沼:そうですね。個人競技ですが、メダルを獲るために本当に多くの方が関わってくださって支えていただいています。会社、そして家族。いろいろな人に見ていただければと思っています。
二宮:今メダルはいくつぐらい持っていらっしゃるんですか?
鹿沼:世界選手権ではトラックで3個と、ロードで1個。ワールドカップでは1個です。国際大会は2015年の11月にイギリスであった大会で3個獲得しました。自信がなくなった時には、2014年の世界選手権の金メダルを見て、自分にカツを入れています(笑)。
伊藤:なるほど。"これは奇跡だったんじゃない!"と、メダルから逆に力をもらっているんですね。
鹿沼:そうですね。競技への活力になっています。
二宮:「メダルを首にかけさせてくれ」と言う人も多いんじゃないんですか?
鹿沼:はい。多いですね。かけていただいています。
二宮:メダリストの特権ですね。よくメダリストの人とシンポジウムでご一緒になることがあるのですが、子供たちの首にかけると、とても喜ぶんですよ。「こんなに重いんですか」とか、逆に「こんなに軽いんですか」と驚かれたりね。いろいろな反応があります。
鹿沼:自分もバンクーバーの時に新田佳浩さんからかけてもらいました(笑)。
二宮:それはいい思い出になりましたね。バンクーバーの時のメダルはデザインもすごくよかったですよね。
鹿沼:そうですね。バンクーバーのメダルは一つ一つが違う模様になっていたので、新田選手に見せていただいたメダルも、2つとも違いました。メダルの模様はすべて集めて並べるとひとつの絵になるようになっているんです。そういった点も含めて、今度のリオデジャネイロのメダルがどんなものになるのか楽しみですね。
(第4回につづく)
<鹿沼由理恵(かぬま・ゆりえ)>
1981年5月20日、東京都生まれ。生まれつき弱視の障がいがある。2008年、本格的にクロスカントリースキーを始め、10年にバンクーバーパラリンピック出場。クロスカントリー女子リレー5位、バイアスロン7位、クラシカル5キロ8位など計4種目で入賞を果たした。練習中のケガで、スキー競技を断念し、自転車(パラサイクリング)に転向。14年のロード世界選手権タイムトライアルで優勝。15年のトラック世界選手権では3キロ個人追い抜きで銀メダル、タンデムスプリントで銅メダルを獲得した。楽天ソシオビジネス所属。
(構成・杉浦泰介)
※鹿沼選手の練習風景を取材した「Rio,Rio,Rio」も合わせて御覧ください。