二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2016.01.28
第4回 恵まれた環境に慣れすぎてはいけない
~冬から夏へ、夢のペダルを漕ぐ~(4/4)
二宮:これまで世界選手権、ワールドカップなど海外のレースを転戦されてきましたが、"ここの大会は運営が良かった""サポートの面で非常に助かった"というご経験は?
鹿沼:私が出場した国際大会の多くは自転車競技が盛んな国・地域での開催だったので、どこもサポートはすごくよかったんです。オランダではレース前にトラックの状況、傷がないかをくまなくチェックします。コースの傷が原因でタイヤがパンクして、落車などが起きてしまう危険性もあるからです。また、少しでもスケジュールが変われば、すぐに各チームへ伝達してくれることも、非常に助かりました。
二宮:なるほど。さすがオランダは「自転車大国」と呼ばれるだけのことはありますね。日本でもロードバイクなどの自転車に乗る人が最近、増えています。エコブームもありますし、サイクルツーリズムなんて言葉もあるくらいですから。それでも、ヨーロッパの方がもっと盛んですよね。
鹿沼:そうですね。ヨーロッパは自転車レースの無い日が無いんじゃないかというくらいのイメージですね。
二宮:それはすごい。今年はリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックもありますから、日本でも自転車競技が一層盛り上がっていってほしいですね。鹿沼選手は現在34歳ですが、4年後の東京パラリンピック出場も視野に入っていますか?
鹿沼:はい。まずはリオで表彰台に上がって、その自分の姿を見て、"競技を始めたい"という方々が出てきてほしいと思っています。そして東京では、表彰台を日本勢が独占できるようなチームにできればいいですね。その中で私も活躍できたらいいと思っています。
伊藤:やはり2020年にパラリンピック開催が決まったことは、大きなモチベーションになるのではないですか?
鹿沼:そうですね。自転車競技の会場がやっと神奈川県・修善寺に決まりました。そこは、いつも練習しているホームバンクと呼べる場所ですので、なおさら嬉しいですね。
二宮:アスリートからすれば、早く会場が決まることは安心するし、対策も立てやすいですよね。当然、パラリンピックでは勝つことを目標にしていると思います。結果を残せば発言も重くなる。例えば日本のパラスポーツを取りまく環境の中で"ここを改善しないといけない"と思う点はありますか?
鹿沼:自分がクロスカントリースキーを始めたころに比べたら、選手の自己負担も変わってきましたね。当時は、勤務していた会社を大会などで休むことにも苦労しました。今は楽天ソシオビジネスに所属し、大会はもちろん、練習時間も確保できている。他のスポーツ選手も企業に属しながら国際大会に出場しています。そういう面ではだいぶ良くなってきたかなとは思います。
【苦労を知らないデメリット】
二宮:アスリートに対する所属先の理解が深まったことはいいことですね。
鹿沼:ただ、逆に良くなり過ぎてしまって、競技を始めた当初からそういう環境にいる選手たちが出てきてしまったという点もあります。苦労を知らず、競技に専念できていると、その有難さもわからないままになってしまいます。
伊藤:その点はマイナスに影響する可能性もありますか?
鹿沼:もちろん、サポートできるところはサポートしていただきたいのですが、苦労がその競技への力に繋がることもある。そこは逆に積んでいかなくてはいけない経験なのかもしれませんね。
二宮:鹿沼選手がパラスポーツを始めた頃は、まだまだそういうサポート体制も万全ではなかった。しかし、その苦労で鍛えられた部分もあるというわけですね。今は、恵まれた環境になっているから、若い人たちも当たり前になってきている面もある。苦労知らずじゃいけない、とのメッセージは重みがありますね。
鹿沼:そうですね。昔はフルタイム勤務で7、8時間働きながら、競技を続けていました。限られた時間の中で練習時間をどこで作るかを考えて、睡眠時間を減らすこともありました。そうまでしても、"勝ちたい"という気持ちがあったのです。今は、競技のことも仕事のことも均等にできていると思っています。その中でも、きちんとスケジューリングをできているのは昔の経験があるからだなと思いますね。
二宮:なるほど。パラスポーツを取材させていただいて、もっと行政なり、企業がバックアップをしないといけないと思っていました。しかし、その一方では鹿沼選手がおっしゃったように、恵まれた環境に慣れてはいけないとのメッセージは心に突き刺さりました。
伊藤:全てが整って豊かになることだけが、本当の強さを作るのではないということですね。
二宮:環境を与えるだけで、本当に選手が自立できるかというと、そうではないと。
鹿沼:だと思いますね。与えられたものをどう活かすかを考えられるのが、選手として大切だと思います。
伊藤:鹿沼選手からは今の環境に感謝している思いが伝わってきますよね。先ほども少しリオパラリンピックの目標に触れられましたが、改めてリオでの目標は?
鹿沼:表彰台の真ん中です。当然、そこを目指してどの選手も出てくる。正々堂々と戦い、その中で表彰台の真ん中を狙っていきたいと思っています。
伊藤:パラリンピックの表彰台の真ん中は他の大会とは違いますか。
鹿沼:そうですね。4年に1度しか、パラリンピックは味わえません。そこに自分のピークとか、モチベーションの全てを一瞬に合わせるという点ではすごく違うと思います。リオではロードとトラック各2種目ずつあるのですが、私は2014年世界選手権で金メダルを獲ったタンデムクラス・ロードタイムトライアルを含めた2種目で金メダルを狙っていきます。
伊藤:今年の夏、ご活躍を期待しています。
鹿沼:ありがとうございます。期待に応えられるよう頑張ります!
(おわり)
<鹿沼由理恵(かぬま・ゆりえ)>
1981年5月20日、東京都生まれ。生まれつき弱視の障がいがある。2008年、本格的にクロスカントリースキーを始め、10年にバンクーバーパラリンピック出場。クロスカントリー女子リレー5位、バイアスロン7位、クラシカル5キロ8位など計4種目で入賞を果たした。練習中のケガで、スキー競技を断念し、自転車(パラサイクリング)に転向。14年のロード世界選手権タイムトライアルで優勝。15年のトラック世界選手権では3キロ個人追い抜きで銀メダル、タンデムスプリントで銅メダルを獲得した。楽天ソシオビジネス所属。
(構成・杉浦泰介)
※鹿沼選手の練習風景を取材した「Rio,Rio,Rio」も合わせて御覧ください。