二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2016.02.18
第3回 音を聞き分ける研ぎ澄まされた集中力
~障がいを超えた絆で夢を追う~(3/4)
二宮:ブラインドサッカーの試合を取材させていただいて、選手の皆さんがボールを点でとらえる技術をお持ちになっていると感じます。練習の賜物だと思いますが、どのようなポイントを重視しているのでしょうか?
落合:練習でイメージをどれだけ作りあげることができるかだと思いますね。ボールの転がる速さを察知して、これならば何秒後にどの場所にいけばボールを取れるのか。そういったことを反復してデータを頭に入れていく感じです。
伊藤:ボールもさることながら、見えない中でフォーメーションや対戦相手の動きがどうなっているかを感じながらプレーしなければいけませんよね。
落合:戦術として大まかなポジショニングは決めてあるのですが、実際ピッチの中では選手同士で声を掛け合ったり、GKの指示を受けて、微調整をしながら形を整えています。
二宮:コーチングの声を耳に入れ、それを踏まえて頭の中で味方はここにいる、敵はここにいると、絵を描いていくわけですね。
落合:そうです。しかし、指示を受けてから動いていては遅い。試合は常に進んでいますので、イメージを2手、3手先くらいまで考えるんです。そのイメージを何パターンか頭に入れておいて、状況に応じて、当てはめていく感じですね。GKから指示をされた時に、「こっちのイメージに近いな。じゃあ、こう動こう」という感じでやっています。
二宮:ボールの音がしているからといって、皆がそこに集まってもいけませんよね。逆に音が聞こえるから"自分はもう少し離れよう""外にポジショニングしよう"などと、その場で瞬時に判断しないといけない。
落合:その判断力が高ければ高いほど日本代表で活躍できると思いますね。実際に国内でも足技の技術が上手い選手はたくさんいるんです。その中でポイントになるのが、まさに判断力です。自分たちのボールか、相手のボールか。ボールを取られた瞬間にどこに走ればいいのか、奪った瞬間にどこに走ればいいのか。そういう動きが瞬時にイメージでき、実行可能な選手が代表になっていますね。
【イメージと合致するプレー】
二宮:ブラインドサッカーの試合では、ボールが転がって出る音や味方の指示など多くのプレーを「音」で判断する。お客さんが多すぎて、必要な音が聞こえにくいなどということはないんでしょうか?
落合:たくさんのお客さんが大きな声でずっとしゃべっていた場合は聞きとりにくくなります。でも、一瞬拍手が起こったり、ゴール前で歓声が上がる音は、実際あまり聞こえてないんですね。プレーに必要な音しか聞いていないんです。
二宮:必要な音とそうでない音を聞き分けられると。
落合:はい、分けられますね。歓声がうるさくてプレーできないという選手は代表クラスではほとんどいないと思います。ベンチにいるといろいろな音を拾おうとしているので、歓声も耳に入ってくることはあります。でも、ピッチに入った時にはまったく気になりません。
伊藤:それほどまでに集中力を研ぎ澄ましているんでしょうね。
落合:そう思います。実は集中して聞く音の対象を、数秒ごとに換えているんですよ。ボールの音を聞く、その次にゴール裏のガイドの声を聞く、相手の声を聞く。そして、またボールの音に戻り、今度は味方の声といった感じですね。目まぐるしく集中する場所を切り換えています。そのタイミングがずれた時がプレーの噛み合わない時です。
伊藤:すごいですね。逆に噛み合った時はどうなるんですか?
落合:相手をドリブルで抜いてシュートを決める時などは、全てが噛み合った瞬間なんです。これはとてつもない快感ですね。
二宮:では自分の頭の中でその先のプレーを描けた場合、「この角度で打ったら入るな」ということも感覚的にわかりますか?
落合:はい。イメージ通りにプレーをできれば高い確率でシュートは決まります。うまくいった時は「自分って本当は見えているんじゃないのかな」という錯覚に陥る時がありますね。自分の頭に描いた映像通りに事が運んでいいのかなと思いますね。
二宮:そのようにピッチの映像を頭の中につくりあげていくのですね。でも、音だけではなくいろいろな情報があるわけじゃないですか。雨や風などのピッチコンディションもありますよね。
落合:芝の長さやボールの転がり方は、事前の練習で音の反響も含めて入念にチェックしていますね。そうしないとイメージ通りにはいきませんから。芝の長さが同じだったとしても転がり方が全然違う場合もある。どのくらいの力で蹴れば、どの程度のスピードで転がるというデータも入れておかないといけないですね。
二宮:そこは一度シミュレーションしておいて、頭に入れておかないといけませんよね。
落合:ええ。その準備をしっかりした上でイメージをつくりあげられれば、いいプレーができるんです。
(第4回につづく)
<落合啓士(おちあい・ひろし)>
1977年8月2日、神奈川県出身。10歳の時に、徐々に視力が落ちる進行性の難病である網膜色素変性症を発症する。25歳でブラインドサッカーを始めると、翌年に日本代表に選出され、2006年から3大会連続で世界選手権に出場。11年から日本代表の主将を務めた。10年に神奈川県唯一のブラインドサッカーチーム「buen cambio yokohama」設立。チームの代表を務める傍ら、自身も同チームに所属するプレーヤーとして活躍する。ポジションはFW。身長171センチ、体重71キロ。
(構成・杉浦泰介)