二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2016.03.31
第4回 スポーツを楽しめる環境づくりを
~スポーツ庁初代長官が目指す共生社会~(4/4)
二宮:昨今は日本人の体力低下が叫ばれています。この前新聞を見て驚いたのですが、小学生の視力が過去最低だったというんです。その他にも子どもの足幅が狭くなっているそうです。昔であれば相撲を取ったり砂場で遊んだりしましたが、今は子供が走ったり、運動する環境が少ない。このような運動機能や体力の低下、体形の変化に関してはどのように考えていますか?
鈴木:幸い子どもの体力面については大分持ち直してきたと言われています。ただ視力や個々の機能には変化があるだろうと思っています。まだ学術的なエビデンス(証拠)はないのかもしれませんが、明らかに以前に比べて子どもが運動・スポーツに親しむ環境は失われつつある。ですから、これを是正していく必要があるだろうと思っております。子どもでも大人でも、全くスポーツに縁がないという方が多くいらっしゃるわけです。こういった方にどうやってアプローチしていくかを、今は真剣に考えています。
二宮:まずはスポーツを好きになってもらうことから始めるということですね。
鈴木:そうですね。小学校の授業ひとつをとっても得意か不得意か、上手か下手かということが重要ではない。技術のレベルに関わらず、体を動かすことを「楽しいな」と子どもたちに感じてもらえる授業、さらに障がいのある子どもも参加できる指導方法を研究して実践していく必要があると思っています。
二宮:これも学校に関連した話ですが、部活動を指導する先生たちが悲鳴を上げていると言われています。土曜や日曜も仕事に出ないといけない、そこで外部からも指導者を入れてもいいんじゃないかという意見もありますよね。
鈴木:おっしゃる通り、先生によっては忙しくてやっていられない、本当はやりたくないという人もいる。この問題の被害者は生徒さんなんですよね。やりたくないのにやらされている先生に習う生徒がいる。これは悲劇でしかないですよね。
伊藤:そうですよね。どちらにとっても良くない話です。
鈴木:まずは先生たちにやりたいか、やりたくないかの希望を聞き取る必要がある。やりたくない先生に無理やりやらせるのではなく、指導する先生のいないクラブ活動にはスポーツクラブからインストラクターを派遣するという方法もこれからは必要かと思います。プロの指導法やノウハウを持った者が教えるという視点からも大事かもしれませんね。
【自国開催を契機に心のバリアフリー化を】
二宮:2020年東京パラリンピック開催が決まって以降、パラスポーツに対する認知も高まってきています。日本が超高齢社会へ突入していく中で、パラスポーツの技術向上のためのノウハウやパラスポーツの用具を開発するための技術などが、高齢者に対して役立つのではないでしょうか。
鈴木:私もその視点は障がいのある方やその関係者に聞くまではありませんでした。そういう意味では日本が世界のトップを切ってパラスポーツを推進していきたい。その過程でいろいろな知見が得られるのではないでしょうか。単なるスポーツの概念を超えた意義が、そこにはあるのだと感じています。
伊藤:とても爽やかで明るいスポーツの未来が見えた気がします。最後に4年後の東京パラリンピックに向けて期待することは何でしょうか?
鈴木:やはり選手たちが思う存分、力を発揮できるような環境作りですね。それから観客の中にも大勢障がいのある人がいらっしゃると思いますので、競技場を含めた街全体をユニバーサルデザインにする必要がある。そしてパラリンピック開催を契機に心のバリアフリー化を進められたらと考えています。障がいの有無に関係なく個人を尊重できる共生社会をつくりたい。私たちがその思いを発信し醸成していく必要があると思っています。
(おわり)
<鈴木大地(すずき・だいち)>
1967年3月10日、千葉県生まれ。小学2年で水泳を始め、高校進学後に個人メドレーから背泳ぎに転向した。84年ロサンゼルス五輪に出場。88年ソウル五輪では100メートル背泳ぎで金メダルを獲得。日本競泳界16年ぶりの快挙だった。現役引退後は米国に留学し、大学で客員研究員やコーチを務めるなど、活動の幅を広げた。帰国後は、2000年から母校の順天堂大学に勤務し、水泳部監督に就任。07年には医学博士の学位を取得。09年から日本水泳連盟理事を務め、13年に同連盟の会長となった。14年に2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会アスリート委員会の委員長を務めた後、15年に文部科学省の外局として発足したスポーツ庁の初代長官に就任した。
(構成・杉浦泰介)