二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2016.04.21
第3回 全国に広げたいパラスポーツ体験会
~パラスポーツの未来へ 新たな連携と普及への取り組み~(3/4)
伊藤:根木さんはパラスポーツの体験型授業を行う「あすチャレ!スクール」で講師を務めています。現役時代から体験会などを通じて、普及に尽力されてきました。
根木:僕は20歳の時に車椅子バスケットボールを始めたのですが、講演をするようになったのは中学生時代の恩師に頼まれたのがきっかけなんです。話を聞いてくれた方はとても喜んでくれて、「頑張ってくださいね」と応援していただきました。それには嬉しい気持ちもありましたが、障がい者としての大変なところしか伝えられていなかったので、どこかすっきりしなかったんです。
伊藤:そのモヤモヤがなくなったのはいつ頃でしょうか?
根木:ある時にいつも体育館で話をするので、初めて車椅子バスケのプレーを生徒たちに披露したんです。そこで僕のシュートを見た生徒たちが「すごい!」と盛り上がりました。そこから本来の自分が出せるようになり、僕は「車椅子バスケの日本代表に絶対なる」と自分の夢を話すようになりました。すると、かけられる言葉が「大変ですね、頑張ってください」から「代表目指して頑張ってください」に変わった。その時に自分の伝えたいことがわかった気がします。いろいろな形はあるけれど、それぞれに素晴らしい何かを持っているんだとスポーツを通じて伝えたいと思ったんです。
二宮:なるほど。回数を重ねていく中で、伝えたいことが見つかったわけですね。講演や体験会は年間100回以上開催していたとお聞きしました。
根木:年間100回講演する内のおよそ8割の学校では、事前研修として先生たちに説明をやっているんです。それを合わせれば180ぐらいになりますね。当時はスケジュールの調整も自分でやっていましたので、これ以上は回れませんでした(笑)。
伊藤:それはすごい数ですね。今後はどういった活動をしていきたいですか?
根木:僕は活動を始めた25年前から"体験会を日本中でやれたらいいな"とずっと考えていました。これからは日本財団パラリンピックサポートセンターの「あすチャレ!」を通じて、全国に展開していくつもりです。
伊藤:根木さんはこれまで地元の関西を拠点に活動されていましたが、パラサポのある東京に移って今後は活動の場をより広げていくと?
根木:そうですね。それについては思うところがあります。関西の方では毎年のように僕を呼んでいただける学校もあるのですが、障がいのある人は僕だけではありません。もっと各地域でパラスポーツを伝える人材が育成されるといい。以前、地元の大阪府松原市で、その地域に住んでいる障がい者の方たちと小学校でボッチャの体験会をやったことがあります。トップアスリートではなくても一緒に楽しく体験することはできます。
二宮:確かにそうですね。それが地域の共生社会につながると。
根木:はい。同じ地域に住んでいるということで、子どもたちからは「どういう風に暮らしているの?」という質問があり「あそこの店は車いすで行きやすいんだ」「あの道は段があって行きづらいんだよ」というような会話が生まれていました。このように、オリンピック・パラリンピックによるパラスポーツへ興味・関心を、地域の障がい者への意識にもつなげたい。住み慣れた土地でパラスポーツを伝えられれば、地域全体での理解促進にもつながり、好循環になっていくと思うんです。
【日本でも広げたい「ゲットセット・プログラム」】
二宮:これからパラスポーツをもっと普及させていくためにも、システムやルールの構築が必要になってくるのではないでしょうか?
根木:システムづくりという点では、ロンドンオリンピック・パラリンピックで「ゲットセット」というプログラムがあったんですよ。大会組織委員会が作って、今も引き継がれているんです。
伊藤:どのようなプログラムなのでしょう?
根木:教育担当者を対象にオリンピック・パラリンピック教育のための各種教材や指導のアイデアなどを無料で提供するものです。例えばオリンピック・パラリンピック教育をするため、車椅子バスケットボールについて勉強するとします。しかし、教育現場には競技に関する資料がない。"車椅子バスケットボール連盟に聞いてみよう"と日本中の学校が連盟に電話を入れたら、それこそ競技団体はパンクしてしまう。その点、ゲットセットは、各学校がプログラムを申し込むと専用のウェブサイトに入ることができます。そのサイトの中に競技や団体に対する情報や資料があり、スムーズに自由に授業に活用することができるのです。
二宮:それは非常に有効ですよね。
根木:さらにゲットセットを活用した授業の後に資料を読んだ感想などを報告として送ると、優れた取り組みをしている学校が評価をされてポイントがつくんです。それを受けて、例えばアスリートが学校を訪問したり、大会の観戦チケットが送られてくるような特典もあるそうです。このプロジェクトは大成功で今も続いています。
二宮:日本にもあるといいですね。
根木:そうですね、かなりよくできているプログラムです。現在は、パラスポーツの体験会に参加したいと思っても、どこにどう頼めばいいかわからない。その時にゲットセットに「こんな団体がある、こんなプログラムある」と必要な情報が揃っていれば、普及活動にも大きな進捗が見られると思います。
二宮:なるほど。ゲットセットがもたらすものは大きいと。
根木:ええ。これまではオリンピック・パラリンピックは授業において総合の時間で行われていましたが、ゲットセットでは"この教科ならばこのようにオリンピック・パラリンピック教育をできますよ"というように教材を引き出すことができる。体育でも英語でも数学でもできるようになっているんです。それを日本の中で共有して、どんどん広めていけるものを作ることができればと思います。
(第4回につづく)
<根木慎志(ねぎ・しんじ)プロフィール>
1964年9月28日、岡山県生まれ。高3の冬、交通事故で脊髄を損傷し車椅子生活となる。知人からの誘いで車椅子バスケットボールを始め、98年の世界選手権で初の代表入り。2000年のシドニーパラリンピックに出場し、主将としてチームを牽引した。現在は、アスリートネットワーク副理事長、日本パラリンピック委員会運営委員、日本パラリンピアンズ協会副会長、Adapted Sports.com 代表を務め、小・中・高等学校などに向けて講演活動を行うなど幅広く活躍している。昨年5月に設立された日本財団パラリンピックサポートセンターでは、推進戦略部「あすチャレ!」プロジェクトリーダーを務める。
(構成・杉浦泰介)