二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2016.06.02
第1回 純粋な力と力のぶつかり合い
~夢を掲げるパワーリフター~(1/5)
リオデジャネイロパラリンピックのパワーリフティング日本代表に内定した西崎哲男選手。競技を本格的に始めて約2年半でのパラリンピック出場切符獲得である。だが、その道のりは決して平坦ではなかった。2003年に始めた車いす陸上でのパラリンピック出場は叶わず、現役を引退した。2013年9月の東京パラリンピック開催決定を機に一大決心。パワーリフティングに転向し、もう一度夢の舞台を狙った。そこからわずか半年足らずで国際大会に出場すると、着実に記録を伸ばしていった。そして今年4月、一時は不可能と思われた男子54キロ級でリオパラリンピック代表の内定を得た。初出場となるパランピックでの目標、そして競技への思いを訊いた。
伊藤:今回のゲストはパラ・パワーリフティング日本代表の西崎哲男選手です。お話を訊かせていただくのは、スポーツジャーナリストの二宮清純さん、そして私「挑戦者たち」編集長の伊藤数子です。西崎選手、リオデジャネイロパラリンピック代表内定おめでとうございます。
西崎:ありがとうございます。本日は宜しくお願いします。
二宮:まずはパラ・パワーリフティングのルールについてお伺いしたいと思います。健常者のパワーリフティングはスクワット、ベンチプレス、デッドリフトの3種目の最大挙上重量の総計を競うスポーツですが、どのような違いがあるのでしょう。
西崎:パラ・パワーリフティングでは種目がベンチプレスのみになります。パラリンピックには下肢障がいの選手が出場するのですが、障がいの程度によるクラス分けはなく、体重だけで区分されます。男子が49キロ級から107キロ超級までの10階級(49、54、59、65、72、80、88、97、107、107超)、女子が41キロ級から86キロ超級までの10階級(41、45、50、55、61、67、73、79、86、86超)です。
二宮:障がいの程度によるクラス分けがないということは、たとえば脊髄損傷であっても下肢切断であっても体重の区分が同じならば一緒になるということでしょうか?
西崎:そうですね。基本的に体重だけでクラス分けされます。細かい説明をすると、下肢切断の選手は、切断した部分の体重が仮定されて体重に加算されます。
伊藤:同じ車いすの方でも障がいの種類や度合いによって腹筋が利く人利かない人がいらっしゃいますよね。
西崎:はい。僕の場合は腹筋が利きますが、そうでない選手は胸から上の筋肉で持ち上げているんです。たとえば、リオの内定が出ている大堂秀樹選手もそうですね。
二宮:それは本当にすごい。自分が最大限活用できる筋肉に応じてバーベルの挙げ方も変わってくるのでしょうね。
西崎:そうですね。僕もまだ理想のフォームを探しているところです(笑)。
【3回の試技が勝負のあや】
二宮:試合はどのように行われるのでしょうか?
西崎:選手はベンチ台の上に仰向けで寝て、主審が合図をした後にラックから外したバー(手で持っている部分)を胸の位置まで下ろします。一度胸の上でバーの動きを完全に静止させてから、腕を伸ばしきるまでバーを水平に押し上げるんです。胸の上で完全に静止していなかったり、バーベルが傾いてはいけません。3人の審判がジャッジし2人以上が成功の判定を出さなければ、持ち上げられたとしても失敗となります。
伊藤:台上での体勢は工夫してもいいのでしょうか?
西崎:ルールとしては頭、肩、尻がベンチ台についている状態でなければいけません。背中は浮かしてもいいので、頭と肩と尻を支点にブリッジをして胸を浮かせる選手もいます。胸を浮かせた分、腕で押し上げる距離を短くすることができるからです。
伊藤:試合での試技は何回あるのでしょうか?
西崎:1人3回です。自分が持ち上げたいバーベルの重さを申請して、挑戦するかたちとなります。第1試技終了後に第2試技の重さを、第2試技終了後に第3試技の重さを申請します。
二宮:何キロからスタートするか。それも勝負のあやとなりそうですね。
西崎:そうですね。大会では体重を測った後に第1試技の申請をします。申請した重量が軽い重量の選手から先に試技を開始していくというかたちになります。僕の場合は5キロ飛ばしで3回の試技を設定していますね。今年の全日本選手権も130キロ、135キロ、140キロと設定しましたが、130キロの上りが悪かったので、第2試技は飛ばして休息を十分にとり135キロを第3試技でチャレンジしました。
伊藤:大会では予定通りに行かないこともあるのですね。
西崎:そうですね。僕の場合は大会に向けて3カ月前ぐらいから目標の重量を決めて練習をしますので、やはり目標の重量にチャレンジしたいという気持ちがあります。でも、1回目の試技で調子をみて明らかに無理と感じれば、申請する重量を目標より落とすという選択もあるとは思います。
二宮:選手同士が牽制し合うようなことも?
西崎:国内の大会だと選手が少ないので相手との駆け引きは少なく、自分の記録をどれだけ求めるかに集中しています。しかし海外の大会になると何人も僕と同じような記録を持っている選手がいる。表彰台や入賞を狙って順位をひとつでも上げるためには、相手の結果を見ながら競技を進めないといけないんです。
(第2回につづく)
<西崎哲男(にしざき・てつお)>
1977年4月26日、奈良県生まれ。交通事故で脊髄を損傷し、車いす生活に。その後、車いす陸上を始めると2006年の世界選手権に男子400メートルで出場を果たす。2011年、陸上競技を現役引退。13年に東京五輪・パラリンピック開催が決定後、競技種目をパワーリフティングに変更し現役復帰した。翌年の全日本選手権の男子54キロ級で初優勝。同年のインチョンアジアパラ競技大会では6位入賞を果たす。今年1月の全日本選手権で自身の持つ日本記録を塗り替える135キロで優勝。4月にリオパラリンピック日本代表に内定した。乃村工藝社所属。
(構成・杉浦泰介)
西崎選手の練習風景を取材した「Rio,Rio,Rio」もご覧ください。