二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2016.11.17
第3回 金メダルゼロからの出発
~パラアスリートの真の強化を目指す~(3/4)
二宮清純:リオデジャネイロパラリンピックで日本の金メダル獲得数はゼロという結果に終わりました。以前は河合純一さんや成田真由美さんが1大会で複数の金メダルを獲得していました。過去に比べると、日本勢がトップに立つことが難しくなっている気がします。
山田拓朗:世界のレベルは徐々に上がってきていると思います。それでも、ロンドン大会以降の世界の伸び率は僕が予想していたより低かった印象です。しかし、日本はそれ以上に伸びていない......そんな感覚ですね。今は一部の選手だけが活躍している状態なので、メダリストの人数は減ってきているのかなと思います。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長):その原因はどこにあるのでしょう?
山田:僕が思うに2020年東京パラリンピック開催が決まってから、パラアスリートを取り巻く環境はどんどん良くなってきています。それゆえ、その恵まれた環境に甘えている選手もいる。昔に比べると、自分が活躍するために、環境も含めて自ら切り拓いていこうという貪欲さを持った選手が少なくなった気がします。
伊藤:パラサイクリングの鹿沼友里恵選手も昔の方がハングリー精神を持っていて、今は環境に甘えている人もいるとおっしゃっていました。
山田:僕も含め、まだまだ自分自身の力でやれることは多いと思うんです。結局、自らの力で切り拓いてきたような選手が結果を残せている。結果が出るか出ないかの差については選手自身、そして周りのスタッフも含めてしっかり考えないといけないと思います。
二宮:元陸上競技選手の為末大さんは「パラリンピック報道に違和感がある」と新聞のコラムに寄稿されていました。「パラリンピックに関しては、どんな結果やパフォーマンスであれ、すごいと言わないといけない空気を感じる」と。
山田:その通りだと思います。パラスポーツに対しても批判的なことを、もっと言いやすい環境になればいいと感じます。スポーツというものは結果がすべて。結果を出せればどんどん環境が整っていくべきだと思いますが、結果を出せなければいろいろ言われるし、環境も確保できなくなって当然です。それを選手自身も理解していないといけない。でも現状はオリンピックの選手の行動や発言であったら許されないことでも、パラリンピックの選手は許されるということがあると思います。パラスポーツの場合は2020年東京パラリンピックが決まったことで、結果が出る前に環境が先に良くなり始めました。恵まれたことで、どんどん戦えなくなってきているのかもしれません。
【リオでの"惨敗"を受け止める必要】
二宮:甘えているとまでは言いませんが、選手によってはトップとしての意識が追いついていない場合もあるということですか?
山田:パラスポーツという狭い世界の中でずっと過ごしていて、広い世界を見ていない選手もいます。オリンピックを目指す選手と一緒にいると、日本の代表になることがどれだけ難しいことなのかを感じることができます。それに比べれば、パラリンピックの日本での代表になることは、現状は、それほど難しいことではないと思うんです。そういう現実を理解していない選手が多い気がします。
伊藤:山田選手は筑波大学でトレーニングをして、オリンピックを狙っている選手とも一緒にやっていたから、そのあたりの大変さが分かるんですね。
山田:今の日本でパラリンピアンとして評価してもらうことは、盛り上がっている現状からすると、そんなに難しいことではないと思います。パッと一目見てわかるすごさはなくても評価されているんですよ。多くのパラスポーツの選手たちは自分たちを「アスリートとして見て欲しい」と言う。本当のアスリートとして見てもらうためには、自らのパフォーマンスによって説明なしで何かを感じさせる光るものがないといけないと僕は考えます。そして、単純に日本でパラリンピアンとして評価されるところで満足していたら、その先には到達しないと思いますね。
二宮:車いすテニスの国枝慎吾選手は自他ともに認めるパラリンピックのレジェンドだと思いますが、彼のように世界のトップでずっと戦い続けることで、その域に達することができるのかもしれませんね。そろそろ山田選手も年齢的にもキャリア的にも、リーダーシップを発揮するような立場になってきたんじゃないでしょうか。
山田:年齢も上がってきましたし、そうかもしれませんね。
二宮:先述したように、リオパラリンピックでは金メダルがひとつもなかった。「反省すべきだ」という意見もあれば「パラリンピックはメダルを追求するものではないからいいんだ」との考えもあります。山田選手の意見は?
山田:結局、パラリンピックで評価されるのはメダルの数だと思います。獲れるか獲れないかは本当に大きな違いで、金メダルと銀メダルでも大きな違いです。今回は自分を含めて、金メダルに近い所にいながらどの種目でも届かなかった。東京パラリンピックに向けて意識を改めるいい機会になったかなと思います。
二宮:大会前、日本のリオパラリンピックでの金メダル獲得数の目標は10個でした。別に甘く見ていたわけではないのでしょうが、根拠なき自信があったのかもしれません。でも終わってみたら1つも獲れませんでした。どこかで見積もりが甘かったのかもしれないですね。
山田:僕自身、まさか全種目を通して1つも獲れないとは思っていませんでした。それだけパラリンピックの大会自体のレベルも上がっていると言えますし、そんなに簡単な世界じゃないということを知るいい機会になりました。今回の成績だけを見たら、メダル数が増えていても、金メダルが獲れていなければ"惨敗"ですよね。結果を受け止めて、これから東京へ向けて改善しないといけません。母国開催で金メダルゼロなんていうことはあってはいけないことです。自分も含めて確実に金メダルを獲れるレベルまで4年をかけて準備する必要があると思っています。
(第4回につづく)
<山田拓朗(やまだ・たくろう)>
1991年4月12日、兵庫県生まれ。先天性左前腕亡失でS9、SB8、SM9クラス。3歳で水泳を始め、日本人史上最年少13歳で2004年アテネパラリンピック出場を果たす。その後も北京、ロンドン、リオデジャネイロと4大会連続出場。08年北京パラリンピックは100メートル自由形で5位入賞。12年ロンドンパラリンピックでは50メートル自由形で4位に入った。14年のアジアパラ競技大会では金メダル3個を含む、計6個のメダルを獲得。15年IPC世界水泳選手権では50メートル自由形で銀メダルを手にした。16年リオパラリンピックでは同種目で銅メダルを獲得した。NTTドコモ所属。
(構成・杉浦泰介)