二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2017.01.26
第4回 スポーツは社会をも変えられる
~2020東京へと続く航路~(4/4)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長):東京パラリンピックでの具体的な目標は?
瀬立モニカ:今は東京が私にとってメインの大会だと思っているので、2020年で表彰台に上ることが最大のモチベーションです。
二宮清純:目標達成のために具体的に改善したい点はありますか?
瀬立:どんな荒波でも安定するバランス力が必要だとチームでも話しています。私は一番障がいの重いKL1のクラスなんですが、体幹を使えないとはいえ体重を乗せて漕ぐことを諦めてはいけないと思います。怖くてもバランスを取って体重を乗せていけるかが大事だと思っています。
二宮:KL1クラスでの強豪国は?
瀬立:イギリス、ドイツ、ポーランド、チリですね。
二宮:リオデジャネイロパラリンピックを経験したことで、東京大会でメダルを争うライバルも見えてきましたか?
瀬立:まだわからないですね。パラカヌーはリオ大会から正式競技になったばかりなので、どんな選手が出てくるかわかりません。いきなり出てきてメダルをかっさらっていく選手もいました。そういう意味では自分との戦いですね。ただ、基本的にはヨーロッパ勢が一番強いので、そこは押さえておかないといけませんね。
二宮:ヨーロッパはヨット、ボート、カヌーが強い。カヌー・スラローム男子カナディアンシングルで銅メダルを獲得した羽根田卓也選手もヨーロッパが強豪だとおっしゃっていましたね。
瀬立:はい。ヨーロッパの人たちは、日本でいうウォーキング感覚で仕事へ行く前や仕事終わりにカヌーに乗っています。それほど国民的なスポーツなんです。日本ではまだまだマイナースポーツなので、環境面においてはヨーロッパと比べて足りていないかなとも思います。
伊藤:確かに層の厚さが違いそうですね。
二宮:でも、海の森水上競技場ができることで、日本でも子どもたちが気軽にカヌーに親しめる環境になればいいですね。そうすれば、まさにレガシーになるのではないでしょうか。
瀬立:そう思います。実際にカヌーをやるとなると、パドルと艇が必要になり、乗る場所や道具を置く場所の確保も大変です。だからこそ気軽にできる体験施設で「カヌーは面白い」と知ってもらうきっかけを作れたらいいですね。
【"江東区代表"の誇り】
二宮:道具の話が出ましたが、用具代やメンテナンス代、さらに移動費などお金がかかるでしょう?
瀬立:確かにかかるのですが、私が住んでいる江東区が全面的にパックアップしてくださっていて、練習場所の確保やコーチの派遣にも協力していただいています。江東区が寄付金を集めてくださったことで海外遠征に行けることもあり、私自身はすごく恵まれているなと感じます。他競技の選手の話もリオでたくさん聞きましたが、すごくいい環境で練習させていただいているなと思います。
二宮:そうなると"江東区のためにも"という思いが出てきますよね。江東区代表ですね。
瀬立:はい。江東区で悪いことはできないですね(笑)。東京パラリンピックでは、パラカヌー競技は私の生まれ育った江東区で行われますし、地元の友達も応援に来てくれると思うので頑張りたいです。
伊藤:活躍することでカヌーをメジャーにしていきたいという気持ちはありますか?
瀬立:そういう思いも強いですね。パラカヌーの競技人口は日本ではまだ10人ぐらいです。日本のパラカヌーを強くしていくためにはもっと層を厚くしないといけない。私を見て"カヌーは自分にもできるんだ"と思ってくれたらうれしいです。私自身、カヌーと出合ったことで、外に出るきっかけになりましたし、カヌーがあるから学校へ行くことも、電車に乗ることもしなければいけないと思えました。そうやって自分自身が変わったと感じているのでスポーツをきっかけに障がいのある人が外へ出られるシステムを作っていきたいと思います。
二宮:カヌーがあったからこそ今の自分があると?
瀬立:もしカヌーに出合わなかったら、ずっと引きこもりだったかもしれないですね(笑)。
二宮:ノーカヌー、ノーライフという感じですね。
瀬立:そうですね。スポーツは本当にたくさんの力を持っていて、社会を変える力があると思うんです。私たちにとっては2020年東京パラリピックがいいタイミング。日本開催をきっかけに、多くの人に伝えていけたらなと考えています。
(終わり)
<瀬立モニカ(せりゅう・もにか)>
1997年11月17日、東京都生まれ。パラカヌー・KL1クラス。高校1年時に、体育の授業でケガをして体幹機能障害を負う。高校2年からパラカヌーを始めると、その年(2014)年から日本選手権を連覇。2015年には世界選手権に出場した。今年のリオデジャネイロパラリンピックでは、8位入賞。筑波大学在学中。
(構成・杉浦泰介)