二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2017.02.23
第4回 世界を目指すモチベーション
~東京へと踏み出す新たなチカラ~(4/4)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長):約1年前にパラテコンドーを始められてから、伊藤選手が"世界を目指そう"と決意したきっかけのようなものはありましたか?
伊藤力:いえ、最初から"やるからには世界のトップを目指していきたい"という思いでした。趣味程度にやることはできなかったです。
二宮清純:パラテコンドーに打ち込む決意を持って、地元・北海道から東京へ移られたそうですね。お仕事は?
伊藤力:企業と現役アスリートをつなぐJOCの就職支援制度「アスナビ」を通じて、今のセールスフォース・ドットコムにお世話になっています。1週間のうち水曜と木曜日のみ出社して通常勤務をしていますが、あとは練習に充てることができるので、非常に助かっています。
伊藤数:でも、東京へ移られた時期はお子さんが生まれたばかりですよね。思い切った決断だったのではないですか?
伊藤力:妻には申し訳ないのですが、僕には何の心配もありませんでした。でも、妻は北海道から数えるほどしか出たことがなく、子どものこともありますし、正直不安はあったと思うんです。ですから一緒についてきてくれた妻にはとても感謝しています。
二宮:お子さんはおいくつですか?
伊藤力:1歳半になります。
二宮:では東京パラリンピックを迎えるころには伊藤選手の活躍をテレビで見ることもできるでしょうね。
伊藤力:はい。記憶にも残ってくれるかなと思います。娘には"お父さんカッコいいな"と思ってほしいですね。
【原動力は仲間、家族の存在】
二宮:テコンドーの強豪大学でも練習を積まれているということでしたが、健常の選手との交流もありますか?
伊藤力:はい。僕が出稽古に行っている大学は全日本テコンドー協会の強化指定選手が4、5人練習をしています。その選手たちと上段なしのパラテコンドーのルールでときどき組手をしてもらっているんです。とても有り難いことですが、相手もクセなのか上段蹴りが飛んでくることもあります(笑)。
二宮:それは大変ですね(笑)。やはり合同練習で得られるものは大きい?
伊藤力:ええ。昨年のアジア選手権で世界ランキング1位の選手と戦って完敗しましたが、現在練習している健常の選手たちと比べればそこまでの実力はないのかなと感じています。今はレベルの高い選手たちとトレーニングを積めているので、これを続けていけば3年半後のパラリンピックで勝機は見えてくると考えています。選手たちがリオデジャネイロ五輪の出場権をかけたアジア最終予選に挑むところを僕も会場で見ることができました。残念ながらどの選手も惜しいところで負けてしまい、非常に悔しそうだった。それを見て国際大会で戦う厳しさを感じましたし、2020年東京オリンピック・パラリンピックは一緒に日本の代表として出たいなと。刺激になっていますし、モチベーションを高めてくれる存在でもありますね。
二宮:伊藤選手は2年前の事故がなければ、普通のサラリーマンのまま北海道で奥さんとお子さんと暮らされていたかもしれない。しかし今、パラテコンドー日本代表として東京パラリンピックでのメダル獲得を目指しています。劇的に人生が変わったように見えます。
伊藤力:僕は、その時その時の状況を楽しみたいと考えています。もちろん事故がなかったとしても、とても幸せで楽しかったと思います。でも今はパラテコンドーの日本代表として活動させていただき、たくさんの友人が応援してくれています。そんな友人たちのために、そして支えてくれる家族のために、頑張れる機会があることは、非常に有り難いことだと思っています。今は2020年がとても楽しみです。
(おわり)
<伊藤力(いとう・ちから)>
1985年10月21日、宮城県生まれ。中学は剣道、高校ではテニス部に所属した。2015年4月に就業中の事故で右腕を切断した。退院後はアンプティサッカーをプレーしていたが、関係者の紹介で16年1月から本格的にパラテコンドーを始める。4月にはアジア選手権に出場し、国際大会デビューを果たした。身長171センチ。階級は61キロ級。株式会社セールスフォース・ドットコム所属。
(構成・杉浦泰介)