二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2017.07.27
第4回 "強くなること"が最優先
~"二足のわらじ" で目指すもの~(4/4)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 現在の会社へはアスリート採用ではなく一般入社とお聞きしました。仕事と競技の両立について、どのようにお考えですか?
多川知希: 2010年に入社して、この道を選びました。仕事ができるかできないかは別にしても一生懸命やりたいと思っています。先を考えた時に陸上だけが僕の人生ではないと考えたからです。
二宮清純: 車いすテニスの国枝慎吾選手のようにパラスポーツでもプロになる選手はいますが、まだほんの一握りです。
多川: そうですね。山本篤選手や鈴木徹選手などのパイオニアがいますが、全員が全員、陸上だけで食べていけるわけではありませんからね。
伊藤: 練習時間は夜と土日祝日が中心ですか?
多川: ええ。社会人になって、短い時間でどのように練習をすべきかと考えるようになりましたね。それが生活の一部になっているので苦にもなっていません。
二宮: 時間がないからこそ工夫できるんでしょうね。
多川: そうだと思います。時間があればあるほどいいのかと言われれば、ちょっと違うのかなと思います。
二宮: とはいえ両立も大変でしょう?
多川: はい。「二兎追う者は一兎も得ず」ということわざはありますが、でも二兎追わないと二兎を得ることはできないんです。僕の場合は仕事と競技。二足のわらじを履かないといけないと思っています。
二宮: 両方全力でやることでいい意味で気分転換にもなる。バランスが大事なんでしょうね。
多川: あとは僕らが頑張ることで、"障がい者スポーツってすごいな"と感じるより"負けないぞ"と思ってほしいんです。"障がい者スポーツがすごいな"とは、障がい者を下に見ている意識があるから出てくる言葉の気がするんです。だから僕はそれよりも僕を見てくれた人に、"負けないぞ。自分もやってやる"と刺激を与えられる存在になりたいなと思うんです。
【競技用義手を科学の目で研究】
二宮: 義手に関しては義肢装具士である沖野敦郎さんとコミュニケーションを取りながら、改良を加えているのでしょうか?
多川: ええ。今は重さや形状をどうしようかと話し合っています。たとえば腕を振る際にどのくらいの重量がベストなのかを考えているところです。
伊藤: 長さや重さに規則はあるんですか?
多川: 義足はありますが、義手は特にないんです。
二宮: 競技用の義手はどんどん進化しているんですね?
多川: そうですね。ロンドンの時に比べて軽くなっています。材質も変わってきていますね。
伊藤: 走るのに一番適した重さや形を探っているんですね。
多川: 現在、研究しているところですね。単に軽ければいいというわけでもないんです。腕を振る際の左右のバランスが悪くなってしまったら良くはない。筋力が左右非対称もあるので、重過ぎると振れません。適正な軽さをどう追求していくかですね。
二宮: 合宿などで利用している味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)の隣には国立スポーツ科学センター(JISS)があります。JISSはスポーツ科学・医学・情報の分野からトップ選手たちの支援を行う拠点です。そこでデータ分析を協力していただけるといいですね。その結果を受けて沖野さんと調整していけば、より良い競技用義手の完成に近付けますよね。
多川: はい。選手としても客観的なデータを提示してもらえれば、安心して練習に打ち込めると思うんです。そのためには選手自身も「研究したい」と思ってもらえるぐらいの実力を持たないとダメですね。
二宮: 大学の研究室が手を挙げるかもしれませんしね。今後に向けては、2020年東京パラリンピックの成功も大事なミッションです。6月の日本パラ陸上競技選手権大会は東京で行われました。しかし、空席が目立ったという報道もありました。
多川: 今のままだと東京パラリンピックで満員は難しいのかなと思いますね。でも大学の友人が観に来てくれたりもしました。今まで日本パラ陸上競技選手権は東京で開催したことすらなかったので、僕は一歩進んだのかなと思います。
二宮: 3年後の東京大会にはどんなことをしたいですか?
多川: 観たいと思われるような大会にしていきたいですね。やっぱり僕らがスポーツとして楽しめるような実力を発揮していかないといけません。今のままだと"障がいがあるのに"という域を脱していないと思うんです。そこを超えられれば、自然と観に行きたいと思ってくれるのではないのかなと。そのためにはまずは僕らが強くならないといけないですね。
(おわり)
<多川知希(たがわ・ともき)>
1986年2月6日、神奈川県生まれ。T47(上肢切断など)クラス。生まれつき右前腕部が短い障がいがある。神奈川県立希望ケ丘高校-早稲田大学-早稲田大学大学院。東京電力に勤めながら、東京都北区の陸上クラブAC・KITAで活動する。現在は同クラブでキャプテンを務めている。中学で陸上部に入り、競技生活をスタート。早稲田大学在学中の2008年に北京パラリンピックに出場。2012年ロンドンパラリピックでは100メートルで5位、4×100メートルリレーで4位と2種目で入賞を果たした。2014年インチョンアジアパラ競技大会では4×100メートルリレーでの金メダルを含む3個のメダルを手にした。2016年リオデジャネイロパラリンピックでは4×100メートルリレーで銅メダルを獲得した。身長177センチ、体重70キロ。
(構成・杉浦泰介)