二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2017.08.10
第2回 決勝に導いた"日の丸"の重み
~選手と企業、一体となって東京を駆ける~(2/5)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 世界選手権初日の100メートルは予選敗退でした。後日、古郡さんが会社の皆様にお送りしたメールがここにあります。紹介させていただきます。<翌日の昼、彼とランチを共にしましたが、普段試合に負けても、強がって平然としている西君が相当落ち込んでおり、前夜はほとんど眠れなかったと言うほど、悔しがっておりました>。西選手もやはり相当ショックが大きかったのでしょう?
西勇輝: はい。世界との差を目の当たりにしたこともありますが、それ以上に自分のベストを出せなかった失望感が大きかったですね。決勝進出のボーダーラインは14秒76。自己ベストのタイム(14秒62)であれば決勝に残れていたので、実力を発揮できなかった自分に対する怒りが強かったです。
伊藤: 古郡さんのメールには続きがあります。<気持ちを切り替え、集中力を高めて、200メートル、400メートルに挑むとのことでしたので、皆さまからお預かりした日の丸を彼に渡すと共に背中を叩いてまいりました>。どのように西選手を励ましたのでしょうか?
古郡宏隆(野村不動産パートナーズ取締役兼執行役員): 100メートルが終わった後、今まで見たことがないくらい彼が落ち込んでいたんです。だから100メートルのレース翌日、彼を「落ち込むな。フィッシュ&チップスでも食べるか?」と昼食に誘いました。その席で日の丸の旗に会社の皆がメッセージを寄せたものを手渡して「残りの200メートル、400メートル頑張れよ」とエールを送ったのです。昼食の途中からはいつものような彼の明るさが戻っていました。200メートルを見ることなく我々もロンドンを離れる予定だったのですが、"もう大丈夫だろう"と安心しましたね。
伊藤: その激励を受けて、西選手はどう思いましたか?
西: 古郡さんからもらった日の丸をホテルの部屋で見た時に「200メートルでは決勝に残らないといけない」という思いはより一層強くなりました。
二宮清純: そのおかげで、100メートルから4日後の200メートルは気持ちを切り替えて臨めたと?
西: そうですね。100メートル決勝のスタートラインに立てなかった悔しさを忘れずに200メートルに挑みました。レースでも高い集中力を持って走れました。予選ではスタートで出遅れたのですが、"自分は後半が強いんだ"と諦めずに走った結果が、決勝進出につながりました。日の丸を見て、ホテルで気持ちを切り替えることができたおかげだなと思っています。
二宮: 大会では計4種目に出場。200メートルで見事決勝に進出し、8位入賞を果たしました。世界選手権を振り返って、手応えを感じた部分は?
西: 昨年の冬場から走り込みをかなり積んで、後半の伸びを強化してきました。その部分は今回のレースでも生きたので、"今後も強化していけば世界に通用する"という自信になりました。
二宮: 走り込みの他にウエイトトレーニングもしましたか?
西: 昨年はウエイトトレーニングをほとんどしませんでした。短距離でも、練習で距離を踏むことが大事だとコーチに教えていただいたので、冬場は1日30キロ以上走りました。200メートルのレースでは、その走り込みが特に生きたのかなと感じています。
二宮: ある程度、量を確保しなければいけないと?
西: そうですね。僕自身、それまで"短距離選手なのだから、短距離を走る練習をすればいい"という考えでいたんです。しかし、そうではないとコーチから教わりました。そのコーチの指導で、長距離選手のような走り込みではなくて、400メートルのインターバル走など本数を増やす練習をしてきました。それだけの練習量を積んできたことが自信に繋がり、200メートルの後半での伸びに生きたのだと思います。
二宮: トレーニングの効果が如実にレースに表れたんですね。
西: ええ。スプリントに対する筋持久力がつきました。その強化が今回は功を奏しました。これからはもっとスプリント練習の本数を増やし、さらに筋持久力をあげていこうと考えています。
(第3回につづく)
<西勇輝(にし・ゆうき)>
1994年2月14日、東京都生まれ。先天性の二分脊椎症。車いす陸上のT54クラス。小学5年で、車いす陸上と車いすバスケットボールを始める。しばらくは並行して競技を続けていたが陸上一本に絞った。2013年アジアユースパラゲームズでは日本選手団主将を務め、100メートル、200メートル、400メートルの3種目で金メダルを獲得。2016年アジアオセアニア選手権では、400メートルで優勝した。今年7月の世界選手権に出場し、200メートルでは8位入賞を果たした。好きなスポーツは野球。幼少期からの巨人ファンである。身長158センチ、体重58キロ。野村不動産パートナーズ株式会社所属。
<古郡宏隆(ふるごおり・ひろたか)>
2014年4月より野村不動産パートナーズ株式会社の取締役兼執行役員に就任。人事部、人材開発研修部担当を務め、人材の育成にも携わる。西勇輝選手が2016年4月に入社して以来、社会人として指導している。
(構成・杉浦泰介)