二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2017.08.31
第5回 未来へ繋ぐため結果を残す責任
~選手と企業、一体となって東京を駆ける~(5/5)
二宮清純: 西選手は昨年4月に入社、この一年半で成長した実感はありますか?
西勇輝: はい。今振り返ると、正直、入社前までの僕は真摯に競技と向き合っていなかった。入社していろいろな人と出会ったことで、"このままではいけない"と気付くことができました。やはり精神面の変化は大きかったと思います。
二宮: 企業に勤めることで、競技面においても学べることがあるでしょうね。
西: そうですね。目標達成のために計画を立てて、それを遂行していく点では仕事と競技は似ていることが少しわかってきました(笑)。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 今年は競技面でどのような目標を立てられていたのでしょうか?
古郡宏隆(野村不動産パートナーズ取締役兼執行役員): 昨年から彼と話し合う中で、2017年の目標は「世界選手権出場」に定めていました。ところが今年の春に発表された時点での日本代表選考基準では、設定された世界ランキングに遠く及ばない。ですから、その頃は目標を達成することが難しいかも、と思っていたんです。それが5月のスイス遠征で4×400メートルリレーの日本記録を出したので、日本代表に選ばれることになりました。この時点で私としては「目標達成」でした(笑)。
二宮: さらに世界選手権では200メートルで8位に入賞しました。
古郡: 大成功と言ったら褒め過ぎかもしれませんが、私の予想を上回る結果でした。200メートルの予選はインターネット中継で観ました。テロップで各選手の自己ベストが表示されるのですが、彼の記録とは開きがあった。"これはアカンぞ。強いわ"と思ったのが、私の正直な気持ちです。でも彼は決勝に進むことができた。それが分かった時には思わず泣きそうになりました。目標を達成した上に、さらに高いところへいった。私の中では望外の喜びでしたね。
二宮: 古郡さんが去年の秋から想定していたのびしろをはるかに上回ったということですね。他に成長を感じられるのはどんなところでしょう?
古郡: これまでのレース後のコメントではどちらかと言うとありきたりなものが多かったんです。それが最近ではアスリートとして自分なりの言葉でしゃべられるようになってきました。その点も大きな成長だと思っています。
二宮: 今後、パラリンピアン、パラアスリートの採用は増えていくのでしょうか?
古郡: はい。彼のモチベーションにもなるでしょうから。それに我々は生活に密着した仕事をしていますので、いろいろな視点を持っている人が会社にいることはプラスになると考えています。彼のように競技と仕事を両立させようとするパラアスリートがいたら是非にと思っています。
伊藤: 古郡さんは西選手の今後にどんなことを期待していますか?
古郡: 陸上競技で結果を出すことは彼にしかできないことなので、悔いの残らないように思い切ってやってほしいです。それと彼自身は現役引退後も見据えて、1人の社会人としてきちっと生活をしていけるような人生設計を立てています。だから私が教えてあげられることはすべて教えていきたいですね。
二宮: その言葉を聞いて西選手はいかがですか?
西: 本当にありがたい環境です。もっともっと成長しないといけないと感じています。選手としても人間としても成長して、結果を出していきたいですね。最近、実感しているのは1つのことをやり遂げるにはいろいろな方の支えが必要なんだということです。そういった支えに感謝し、それに応えながら、もっと努力して自立していけるよう頑張ります。
伊藤: ところで西選手は野球の始球式に出る夢があるとお聞きしました。
西: はい! 僕は小さい頃から野球が本当に大好きで、巨人ファンです。だからパラリンピックでメダルを獲って、その夢を是非とも実現させたいです。
(おわり)
<西勇輝(にし・ゆうき)>
1994年2月14日、東京都生まれ。先天性の二分脊椎症。車いす陸上のT54クラス。小学5年で、車いす陸上と車いすバスケットボールを始める。しばらくは並行して競技を続けていたが陸上一本に絞った。2013年アジアユースパラゲームズでは日本選手団主将を務め、100メートル、200メートル、400メートルの3種目で金メダルを獲得。2016年アジアオセアニア選手権では、400メートルで優勝した。今年7月の世界選手権に出場し、200メートルでは8位入賞を果たした。好きなスポーツは野球。幼少期からの巨人ファンである。身長158センチ、体重58キロ。野村不動産パートナーズ株式会社所属。
<古郡宏隆(ふるごおり・ひろたか)>
2014年4月より野村不動産パートナーズ株式会社の取締役兼執行役員に就任。人事部、人材開発研修部担当を務め、人材の育成にも携わる。西勇輝選手が2016年4月に入社して以来、社会人として指導している。
(構成・杉浦泰介)