二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2018.03.08
前編 平昌で試される日本の技術力
~行動派監督、パラスポーツへの情熱~(前編)
平昌オリンピックに続いてパラリンピックが開幕する。ノルディックスキー日本代表の荒井秀樹監督は6大会連続のパラリンピックを迎える。荒井監督は障害者スキーの育成・強化の草分け的存在。スカウト活動を積極的に行い、時には企業を巻き込んで強化策を練る。それらすべてを自らの足で赴く行動力の人である。パラスポーツへの熱い思いを訊いた――。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 今回のゲストは平昌パラリンピック・ノルディックスキーチーム日本代表の荒井秀樹監督です。
荒井秀樹: よろしくお願いいたします。
二宮清純: 荒井監督は日立ソリューションズ「チームAURORA(アウローラ)」でも監督を務められています。3月9日に開幕する平昌パラリンピックにはAURORAから新田佳浩選手を含めて3人が出場します。クロスカントリースキー代表の新田選手は6大会連続出場のパラリンピック界のレジェンド。バンクーバーでは10キロクラシカル、1キロスプリントの2冠を達成しています。前回のソチパラリンピックでは4種目に出場しましたが残念ながらメダル獲得はなりませんでした。
荒井: 今回は十二分に期待できると思います。彼はクラシカルを得意としていますが、ソチでは出場した10キロがフリー走法の種目でした。平昌では彼の得意とする10キロクラシカルに臨めるので8年越しのメダルも期待できる。本番を前に、国立科学スポーツセンター(JISS)内にある低酸素室でトレーニングを積んでいます。そういったサポート体制の充実もあり、今までにない取り組みができているんです。
【カギを握るワックスとストラクチャー】
二宮: 平昌の現地視察は抜かりなし?
荒井: ええ。平昌には毎年行っています。例年、国際スキー連盟(FIS)がコンチネンタルカップを開催しており、健常者の大会に新田選手が何度か出場しています。だから現地の状況については熟知していますし、先日まで開催されていた平昌オリンピックでも"すごく寒い""風が強い"と言われていましたが、そういった気候も織り込み済みです。
二宮: 平昌オリンピックのノルディック複合はでワックスが滑らなかったという声もありました。その点は?
荒井: はい。パラチームのワックスコーチによると平昌は気温、雪温がともに低かったのではないかと、実はこの温度帯は大変難しいと言われています。
伊藤: 難しいとは?
荒井: 平昌は人工雪で雪質も硬い。日本の雪はもう少し湿度が高く、雪温も平昌ほど低くはなりにくく、だいたいマイナス5℃ですから。日本には人工雪のクロスカントリースキーコースはありませんので、外国勢が有利なところもあります。
二宮: 当然、人工雪やコンディションに合わせたワックスが必要になってくると。
荒井: そうですね。強豪国になると市販されていない独自のワックスを持っていると言われています。現地でコンディションに合わせて調合してワックスを作るところまで近づいています。さらにワックス以外にもストラクチャーがとても重要なポイントになります。ストラクチャーとは滑走性を高めるためにスキー板の接地面につける細かい溝のことです。
二宮: ワックスとストラクチャーで大きな差が出る?
荒井: 選手の頑張りはもちろんですが、クロスカントリースキーの場合はストラクチャーとワックスが特に大事です。だから今回の平昌ではワックスチームスタッフの固定化とストラクチャーの開発に力を入れました。ストラクチャーの機械はドイツ製が多いのですが、他国と勝負するために日本独自のものを開発しています。
伊藤: オリンピック選手はワックスマンが個人に個人で付くと伺いました。荒井監督はいつもチームを大切にされていて、ワックスマンを含めチーム単位で考えている。だからこそそこに力が集中し、技術力が高まる印象があります。
荒井: そうですね。例えば大会ごとに優秀な外国人のワックスマンを招聘していては技術が蓄積されていかない。ソチまでのワックスマンは、4年に1度のパラリンピックや2年に1度の世界選手権、毎年開催されるワールドカップごとに変わっていました。そのつど、帯同できる人を探していたのでは、優秀なワックスマン育成にもつながらない。固定化することでパラリンピック選手の特徴も把握でき、各国のワックス技術レベルや選手のレース展開を読むことができます。
【企業との協力体制】
二宮: なるほど。確かに日本でせっかく良いものを作ったとしても、流動的な外国人スタッフでは海外に情報が漏れてしまう可能性もあります。
荒井: 日本人や日本企業の持つ勤勉さや技術力は、日本がワックスやストラクチャーで優位に立つためのカギになります。僕は日本企業が持っている技術力をパラリンピックのチームに生かすことができれば理想的だと思うんですよ。日本の気象予報会社でウェザーニューズという企業があります。船舶で仕事している人はウェザーニューズの予報で動いている。気象や波の高さなどピンポイントで知ることができますから。これをノルディックスキーで応用できないかと、平昌のコースの予報を依頼しています。昨年のプレ大会でも測定器を置いて、コースの雪温や気温の変化をデータにとって、翌日の予報を立てた。それが的中したか、していなかったかのデータを積み上げていった。ポイントによっての雪温や気象が分かれば、ワックスマンもそれに応じたワックスを作れます。予報官には「ジャンプ台の上に雲が出たら、西から風が吹くので覚えておいてください」とアドバイスももらいました。選手たちにも時間によっての日の当たり方、風の特徴などを伝えることができ、戦略を立てられますからね。
二宮: 考えてみたら、冬のスポーツでノルディックスキーは屋外競技ですから風、雪の影響をまともに受ける。とても重要な情報ですよね。
荒井: その通りです。もう1つは松本市にあるAIDというIT企業にはタイムランチャーというシステムを開発していただきました。パラリンピックでは選手の障がいの度合いによって係数があり、実走タイムに掛けて計算されます。だから目視できる順番と実際の順位は、わからないんです。タイムランチャーはそれを計算し、数値化できる。
伊藤: それまでは自分で計算するしかなかったんですね。
荒井: ええ。ソルトレークシティパラリンピックからタイムランチャーを使っています。バイアスロンの場合は、射撃で1発外すと、1分のペナルティーが科される。クロスカントリーの実走タイムに係数を掛けて計算するだけではないので、より計算が難しい。「とにかく頑張れ!」という応援しかできなかったんです。それがこのタイムランチャーによって、瞬時にトップと何秒差、3番手と何秒差だと把握できる。選手も具体的な差がわかれば、頑張れますよね。"3位まで5秒だ! もうすぐメダルだ"と。
二宮: これは今、日本だけが使っているんですか。
荒井: はい。平昌では従来の無線からさらに進化させて、Wi-Fiでコーチ・スタッフ陣全員が共有できるように考えています。
二宮: それは大きな武器になりますよね。企業のサポートというとスポンサーマネーのイメージですが、技術提供というのも強力なバックアップですね。その技術が結集するだけでも大きな力になります。
荒井: はい。そうやって協力していただけることはとてもありがたいですし、パラスポーツを内で支える強い力になる。簡単なことではないですが、これが一番良い関係だと思います。今後も力を合わせていきたいです。
(後編につづく)
<荒井 秀樹(あらい ひでき)プロフィール>
1955年2月14日、北海道生まれ。平昌パラリンピックノルディックスキーチーム日本代表監督兼日立ソリューションズ「チームAURORA(アウローラ)」監督。1998年長野パラリンピック開催を機に障害者ノルディックスキー選手の育成・強化に努めている。自らが先頭に立ちスカウトや企業回りなどを行う熱血漢。パラリンピックは長野大会から平昌大会まで6大会連続で指揮を執り、6大会連続でメダリストを輩出した。指導者として世界選手権、ワールドカップ各大会の優勝に導いた実績を誇る。
(構成・杉浦泰介)