二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2018.06.21
後編 ちがいをちからに変える街へ
~草の根で広げるパラスポーツの輪~(後編)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 今年5月に開催された渋谷パラ草の会の設立発起人会をきっかけに、会の活動が本格的にスタートしました。具体的な活動について教えてください。
髙橋千善: パラスポーツを通じて障がいもひとつの個性として考え、多様な個性が活かされる社会を築いていくことへの貢献ができればと考えています。そのために4つの具体的事業を掲げています。
二宮清純: その4つとは?
髙橋: 「解説付きのリアル観戦(※)ツアーの企画・参加」「各種情報提供」「小中学生の自律的なボランティア育成支援」「機運の醸成」です。
二宮清純: 1つ目の「解説付きリアル観戦ツアーの企画・参加」は面白いアイディアですね。ルールや見方を知れば、競技に対する興味が広がります。例えばサッカーであれば「あれはオフサイド」、野球では「あのダブルプレーはこうだった」と分かるようになれば楽しみ方も増える。それが観客増にも繋がりますからね。
伊藤: 二宮さんの横でスポーツを観戦すると最高に面白いですよ。
髙橋: つまりそういうことです。解説付きリアル観戦ツアーは一番進めていきたい事業です。パラスポーツの解説ができるツアーコンダクターの数は50人から100人を目標にしています。
伊藤: 2つ目の「各種情報提供」はどういった活動をするのでしょうか?
髙橋: これはホームページ、メルマガ、SNSを通じて情報を発信します。例えば先ほどのリアル観戦ツアーがあれば、詳細を告知する。ツアーが終わった後はその模様をレポートすることを考えています。
二宮: そういった情報公開も認知拡大の上では重要になっていきますね。3つ目の「小中学生の自律的なボランティア育成支援」は?
髙橋: これは広尾小学校に勤められていた先生のアイディアです。この方に「小中学校でボランティアをやりたいと思っている子供たちがいるから、パラリンピックに参加できるよう誘導していくのはどうでしょうか」とアドバイスをいただいたんです。それは非常に面白いと思い、知人に代々木中学校の校長がいるので、話を持ちかけています。これはまだ企画段階ですが、広尾小学校と代々木中学校の2校をモデルにして進めようと考えています。
伊藤: 去年、私はリアル観戦イベントのウィルチェアーラグビーを観に行きました。そこで小学生の子供たちが、休憩時間に雑巾を持ってきて床を拭いていたんです。後でその学校の先生に聞くと「生徒たちに"試合を観に行こうよ"と声をかけたら、その中の何人かが"せっかく行くんだったら、観るだけじゃなくて何かお手伝いをしたい"と言い出したんです」と。
髙橋: 素晴らしいですね。渋谷パラ草の会の活動をしていて、パラリンピックの教育、人権の教育は小学校や中学校できちんと行き届いている印象があります。そのあたりは道徳教育として、しっかり指導されているんでしょうね。
【渋谷から全国へ】
二宮: 髙橋さんは渋谷から3代続く地元の名士です。街への思いも強いのでは?
髙橋: はい。私自身、生まれも育ちも渋谷ですからね。渋谷パラ草の会は渋谷区をパートナーに活動しています。渋谷パラ草の会の目的も、渋谷区の長谷部健区長の思いと一致しているんです。
二宮: その思いとは?
髙橋: 渋谷パラ草の会は、渋谷を訪れる障がいのある人たちを、きちんと"おもてなし"できるかどうかが大事だと考えています。それを草の根で広げていきたい。長谷部区長も同様のことをおっしゃっています。渋谷区が目指す「ちがいをちからに変える街」という理念は、渋谷パラ草の会にとっても重要なキーワードです。会の活動を通じて、街を変えることができれば、主な事業の4つ目に掲げる「機運の醸成」にも繋がると考えているんです。
二宮: 機運の醸成も東京パラリンピック大会の成功や、パラスポーツの発展のための重要な課題のひとつです。
髙橋: そうなんです。"街をあげてパラリンピックやパラスポーツを盛り上げよう!"という雰囲気は、放っておいてもつくれません。それでも渋谷パラ草の会設立発起人会に約200人、登録者数も約400人集まってくれました。皆さん、気持ちの片隅には"パラスポーツを盛り上げたい"という思いがあると感じます。だから渋谷パラ草の会の活動が、その気持ちを後押しできればいいと考えています。
二宮: この渋谷モデルが、全国に伝播していけばいいですね。タンポポの種子が、あちこちの土地に飛んでいくみたいに......。
髙橋: そうですね。当初は"東京パラリンピックの会場を満員にしたい"という思いから始めた渋谷パラ草の会ですが、2020年大会の成功だけが目的ではなくなりました。会の活動が渋谷の街を活性化し、さらに成熟していく手助けになればいいと考えています。私が生まれ育った街への地域貢献になればうれしいし、それが共生社会実現へと近づく大きな一歩になれば、なおうれしいですね。
※渋谷区が主催する事業。区内で開催されるオリンピック・パラリンピック競技を間近で観戦できるイベント。
(おわり)
<髙橋千善(たかはし・ちよし)>
1949年生まれ。東京都出身。1971年、成蹊大学経済学部卒、富士通入社。1990年に株式会社寿商会に入社し、95年に同社の代表取締役社長に就任。2018年5月9日にパラスポーツを応援する草の根運動の会【略称・渋谷パラ草の会】を設立した。同会の代表世話人として、パラスポーツを通して共生社会実現を目指す活動を展開している。
渋谷パラ草の会
(構成・杉浦泰介)