二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2018.08.16
前編 渋谷とパラスポーツ
~ちがいをちからに。パラリンピックを通じて社会を変える~(前編)
渋谷区には東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会で5つの競技を実施する東京体育館と国立代々木競技場がある。また、渋谷区は独自に「オリンピック・パラリンピック競技リアル観戦事業」「独自ボランティア制度」などをスタートし、大会の開催準備を進めている。「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」を区基本構想に掲げ、東京2020オリンピック・パラリンピック開催を契機に、多様性を受け入れる社会の実現を目指す。渋谷区オリンピック・パラリンピック推進課の田中豊課長に渋谷区のチャレンジを訊いた。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 渋谷区オリンピック・パラリンピック推進課では、現在どのような取り組みをされていますでしょうか。
田中豊: 渋谷区オリンピック・パラリンピック推進課は2016年4月に新設され、推進している事業は大きく分けて2つあります。1つは東京2020オリンピック・パラリンピックの開催準備。大会組織委員会や東京都と連携し、ハード・ソフト両面での環境整備をすることです。2つ目は東京2020オリンピック・パラリンピックの気運醸成。大会に向けて区民のオリンピック・パラリンピックへの意識や関心を高めていくこと。そのため、「会場を満席にして選手を応援する」、「選手や観客を笑顔でおもてなしする」をミッションとしています。
伊藤: その2つの実現に向けて、昨年からスタートしたのが「オリンピック・パラリンピック競技リアル観戦事業」です。
田中: 私は2年前のリオデジャネイロパラリンピックを視察に行った時に、会場の雰囲気、盛り上がりにとても感動しました。それは"祝祭感"の一言に尽きます。ウィルチェアーラグビーの予選リーグで、地元ブラジルの試合でないにも関わらず応援がすごかった。後で選手たちに話を聞くと、作戦タイム時の声も聞こえないほどだったと。それが4年後の東京でも実現できるかと考えた時に、まずはパラスポーツや選手を知ってもらうことが大事だと思ったんです。とにかく競技を観てもらうために、始めたのがリアル観戦事業です。
二宮清純: 実施してみて、現時点での手応えはいかがでしょう?
田中: 今年で2年目になりますが、観客とボランティアを含めた参加者も増えてきています。チラシを配っていても、区民の方々からも反応があり、認知度も上がってきている印象があります。パラバドミントンとウィルチェアーラグビーは選手や競技団体のみなさんが区の取り組みに共感してくださって、「エキシビションとしてではなく大会として実施しましょう」ということになり、区長杯という形式で本物のプレイを披露していただいています。
【ロンドンで感じた成熟度】
二宮: 今年から新たに始めたことはありますか?
田中: パラバドミントンでは観客により臨場感を味わってもらうために、センターコート方式としました。観客が2階のスタンドから試合観戦するのではなく、コートを囲うように観客席をつくって選手をより間近で観てもらえるようにしました。せっかく観に来てくれたのに魅力が伝わらないままでは、もったいない。実際にやってみて、選手のダイナミックなプレーに感動した観客の方も多かったようです。
二宮: サッカー専用スタジアムなどでもピッチとスタンドが近いと迫力が違いますね。その他に取り組んでいることは?
田中: あとは応援の仕方ですね。選手がミスをした時にため息をつくと、選手にとってはネガティブな圧力がかかる。それをもっとポジティブな応援にできないかと取り組んでいます。また、選手個人を応援してもらおうと、会場の壁に出場選手のプロフィールを貼って応援メッセージを記入してもらっています。少しでもプレーしている選手を知ってもらうことで、"またその選手を見てみよう"とつながってほしい。リアル観戦事業については年々工夫を凝らしていきたいです。
二宮: 近年、パラリンピックの成功例に挙げられるロンドンにも視察へ行かれたと伺いました。
田中: はい。ロンドンは共生意識が高い街だと感じました。電車に障がいのある人や高齢者が乗ってきたら、席に座っている若者がスッと席を譲る。それは特別なことではなく、日常となっているんだなと感じました。また、車椅子バスケ関係者とお話をする機会がありました。その方によると、「障がいのある人も心のドアをオープンにしなければいけない。車椅子バスケに健常者の方にも参加してもらい、一緒に楽しむべきだ」と、皆が参加できるパラスポーツのイベントを障がい者自身が開いたそうなんです。とても素晴らしい考えで、渋谷でも実現できたらいいと感じました。そして、ロンドンでは2012年の大会後もオリンピック・パラリンピック教育を継続していると伺いました。私たちも2020年に向けてはもちろんですが、以降も継続できるような事業に取り組んでいきたいと思っています。
(後編につづく)
<田中豊(たなか・ゆたか)>
1963年生まれ。東京都出身。1986年、日本体育大学体育学部卒、渋谷区役所に入庁。教育委員会社会体育課に専門職員として配属され、区民のスポーツ振興事業などを担当する。2016年4月新設の渋谷区オリンピック・パラリンピック推進課の課長に2017年に就任。東京2020オリンピック・パラリンピックに向けた気運醸成事業などに力を注ぐ。パラスポーツには1997年に立ち上げた知的障害者水泳教室から長年関わっている。
(構成・杉浦泰介)