二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2018.11.22
後編 ボランティアを楽しむ
~東京から広げる共生社会の輪~(後編)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 東京都オリンピック・パラリンピック準備局では都市ボランティアの運営を行います。競技会場の最寄り駅で交通案内などを行う都市ボランティアの募集は既に始まっていますね。
延與桂: ボランティアが集まるかどうかを心配する声はありましたが、既にたくさんの方に応募いただいています。我々がボランティア募集説明会を開くと"何らかのかたちで参加したい"という声をたくさんいただけています。
二宮清純: そのあたりは手応えを感じていると?
延與: はい。締め切りの12月までは、まだ時間がありますので、ぜひたくさんの方に応募いただきたいです。それに私は2020年東京オリンピック・パラリンピックのボランティアが、これまでのボランティアにあった固定概念を変えるきっかけになるのではないかと期待しています。従来のボランティアはサポートする人とされる人と関係性が固定されるような印象があります。でもスポーツボランティアはそうじゃない。私が最近感じるのは、スポーツボランティアに参加される方々がとても楽しそうだということです。例えば東京マラソンのボランティアの方は沿道で「頑張ってください」と声掛けしている姿もとても楽しそうで、走っている選手よりも大会を満喫しているように見えるほどです。
二宮: 2020年のボランティア活動が、2020年東京オリンピック・パラリンピック以降の社会に貢献できるようになれば理想ですね。
延與: そうですね。それにスポーツボランティアを経験することで、"他のボランティアもやってみよう"と思えるかもしれません。これまで障がいのある人と接する機会がなかった人も、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催を機に新たな繋がりが生まれる。その先の人生の楽しみ方を広げていけるのではないかと期待しています。
二宮: 例えばロンドンオリンピック・パラリンピックでは大会ボランティアを「ゲームズメーカー」と呼んでいました。大会を一緒につくっていくんだという意識の表れですよね。
延與: ええ。ロンドンのボランティアの人たちも本当に楽しそうでした。パラリンピックの閉幕が近づくと、「あぁどうしょう。こんなに楽しかったのに明日から何を楽しみに生きていけばいいの」なんて言っていた人もいましたよ。
伊藤: それほどまでに活動を楽しんでいたのでしょうね。
延與: 一流のアスリートと会えるというだけではなく、人とふれ合う面白さを実感していたのだと思います。
二宮: 東京都は短時間で自分のペースで参加できるボランティアの"ちょいボラ"を推奨しています。重苦しくなくて、とてもいいネーミングですね。
延與: ボランティアと聞くと襟を正して真面目にやらなきゃいけないものと、捉えられる方が多い。もちろん真面目にやるということはとても大事なことではありますが、一方でボランティアをすることへのハードルを上げてしまいます。自分のできる範囲のことをできる時間でやるというのがすごく大事なことだと思うんです。
【10年後、20年後の資産を】
二宮: 2020年東京オリンピック・パラリンピックの前にはラグビーワールドカップというビッグイベントが控えています。
延與: 先日の日本代表とニュージーランド代表のテストマッチも東京都調布市の味の素スタジアムに4万3000を超える人が集まりました。予想外のこともありますし、お客さんの出入りひとつとっても勉強になりました。実際経験してみないことにはわからないこともたくさんありますから。
二宮: サッカーやラグビーのワールドカップであれば、ある程度スタジアム慣れした観客が多いかもしれません。しかしオリンピック・パラリンピックともなれば、老若男女問わず様々な人がスタジアムを訪れる可能性が高い。観客層も多種多様です。
延與: 4年に1度のお祭りですから、それこそ捌ききれないぐらいお客さんでいっぱいにしたいですね。
伊藤: 私どもSTANDはスーパーラグビーの秩父宮ラグビー場での試合の運営ボランティアをお手伝いしています。先日、年配のご夫婦を座席に案内することがあり、奥様の方は車椅子を利用していました。ところが2人が持っていたチケットは車椅子席ではありませんでした。実はチケットを買ってから奥様がケガをされて、試合当日までに治らなかったそうなんです。
延與: そうした不測の事態も起こり得るでしょうね。実は私も今年1月に左足をケガして、2カ月間は車椅子と松葉杖を使って過ごしたんです。この期間はとても勉強になりました。移動の大変さを身に染みて感じましたね。例えばエレベーターに乗るために階段を通らなければいけなかったり、座席に向かうまでは段差を越えなければならない場合もあります。
二宮: 全ての施設がユニバーサルデザインになっているわけではありませんからね。
延與: こればかりは時間をかけて積み上げていくしかありません。2020年東京オリンピック・パラリンピックのために、駅のバリアフリー化を進めて、ホームドアの設置も増えてきています。
二宮: それが超高齢社会への備えにもなる。
延與: そうですね。ただ全部が全部100%にできるわけではないと思うんです。イレギュラーなことだって起こり得る。だからハード面で対応できるところはハード面でと考えていますが、最後はソフト面に頼らざるを得ない時もあると思います。
二宮: では2020年のオリンピック・パラリンピックに向けての思いをお願いします。
延與: もちろん大会を成功させたい。でもそれ以上に、我々は大会後に何を残せるかが大事だと思っています。最近IPC(国際パラリンピック委員会)から評価していただいたのは、ホテルのバリアフリールーム以外の部屋も最低限のバリアフリーを備えようと打ち出したことです。例えば部屋を大きくすることはできなくても、入り口の段差はなくすことができる。部屋を広くすれば、宿泊料金も高くなります。でも障がいのある人たちも安い部屋に泊まりたいというニーズはある。100%のバリアフリーではなくとも最低限のバリアフリー。これは10年後、20年後に必ず資産になると思います。
(おわり)
<延與桂(えんよ・かつら)>
東京都オリンピック・パラリンピック準備局次長。1961年、東京都出身。1984年、東京大学教育学部卒業、同年4月に入都し、衛生局に配属。生活文化局女性青少年部副参事、知事本局参事、港湾局参事などを経て、2012年4月よりスポーツ振興局競技計画担当部長に就任。オリンピック・パラリンピックの招致活動に携わる。2014年1月にはオリンピック・パラリンピック準備局大会準備部長に就き、2017年1月に同局の理事としてパラリンピック準備調整担当を務める。今年4月から次長に就任。パラリンピック準備調整担当と大会運営調整担当を兼務している。
(構成・杉浦泰介)