二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2019.04.25
後編 すべての人が活躍する社会へ
~未来へ繋ぐボランティア文化の醸成~(後編)
二宮清純: 日本財団ボランティアサポートセンターの目的のひとつ「ボランティア文化醸成」のために、どのような取り組みを行われていますか?
渡邉一利: 一人でも多くの方にボランティアを知っていただきたいといろいろと取り組んでいます。その中で、障がいのある人にもボランティアを「する」側に回れるということを伝えていきたいと考え、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会のボランティア募集の際には手話によるPR動画をつくりました。聴覚に障がいのある方は日本語の習得に難儀し、手話が母語であり、いわば日本語が第二言語である方もいます。そんな場合でも、映像なら情報をスムーズに理解することができる。心の不安を解いてもらうことから始めました。"ボランティアはそんなに難しいことではないよ"と。視覚障がい者や聴覚障がい者向けの大会ボランティア説明会も開催しました。
二宮: 障がいのある人がボランティアをすることへのハードルを下げるということですね。
渡邉: そうです。また、現場での実際のコミュニケーションでも課題がいろいろと出てきますから、そこは日本財団の知見を活用しようと考えています。具体的には、2013年に始めた電話リレーサービスです。手話通訳オペレーターとのテレビ電話による遠隔通話を利用することで、聴覚障がいのある人と健常者とのコミュニケーションをサポートするシステムになります。このシステムを大会ボランティアのオリエンテーション会場にてタブレット端末で活用しようという話を東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会と進め、4月から提供を開始しました。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 今年1月末に開催された聴覚障がいのある人たちを対象にしたボランティア説明会には約70人もの方が受講されたそうですね。
渡邉: ええ。我々がこの先に何を目指しているかというと、共生社会です。障がいの有無に関わらず、すべての人が活躍できる社会です。2020年東京大会でコンセプトに掲げている「多様性と調和」については、今年10月からの共通研修に向けて現在進めているテキスト制作でも、かなり手厚くテキストに落とし込むようにしています。
二宮: 聴覚に障がいのあるボランティアは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックでどういう役割を担っていくことになるのでしょう?
渡邉: 組織委員会で検討していく部分ですが、まだ具体的な役回りははっきりとは決まっていないと思います。ただその人の持っている能力を十分生かせるポジションを、我々は組織委員会と一緒に考えていきたいと思っています。
二宮: やりがいのある仕事ではある半面、大変でもあります。想定できないこともあるでしょうしね。試行錯誤を繰り返しながら、ベターな答えを導き出していくと。
渡邉: はい。先日、東京・駒沢オリンピック公園陸上競技場で開催されたパラ駅伝には、視覚に障がいのある人にも運営ボランティアとして参加していただきました。いろいろな反省点も見つかりましたが、ここで得た経験を今後に生かしていきたいと思っています。それに今回は障がいのある人と健常者と接する機会を増やしたかった。そういうコミュニケーションを図る場を設けたくて企画しました。
二宮: 確かにお互いを知るいい機会になりますね。加えて今までサポートされる側にいた人たちも、サポートする側に回れるという好循環が生まれます。
渡邉: キーワードは「みんながみんなを支える社会をつくろう」です。いろいろ経験してみて、ノウハウを積んでいく。それを次に生かすようにしています。今はいろいろな実験をやっているような状況です。そこで学習したものを2020年の東京オリンピック・パラリンピック、そしてその先の未来に生かす。日本財団グループのいろいろな事業を通じて、社会に還元していくことが共生社会の形成に繋がっていくと考えています。
【ボランティアの活発化】
伊藤: お話をおうかがいしていると2020年の先の社会を見据えた事業であることがよくわかります。
渡邉: ええ。2060年には65歳以上の人口が全体の約40%になると言われています。また、日本で暮らす外国人の方も増加が予想されます。2020年で蓄積したものが、これからの社会をつくる上でも役に立ってくると思うんです。
二宮: おっしゃるように超高齢社会への備えにもなるでしょう。"2020年東京オリンピック・パラリンピックがあって良かった"と思える大会になればいいですね。
渡邉: そうしないといけませんね。2020年にボランティアとして活躍した方たちが、それぞれのコミュニティに戻ったときにも活躍していただきたい。それが大会後も残していくべきレガシーだと考えています。
二宮: スポーツボランティアの入口はスポーツですが、出口は共生社会に繋がりますよね。そういったことも国民の皆さんに広く浸透するといいですね。
渡邉: そうですね。それも我々の役目だと思っています。我々の関連団体に、日本スポーツボランティアネットワークという組織があります。日本スポーツボランティアネットワークでは、ボランティアの研修会を年間100回以上開催しています。これまで数千人の方が研修を受けられて、一般のボランティア、リーダー、上級リーダー、コーディネーターという4階層に分けられています。ボランティアのポータルサイトも開設していて、その人たちが活躍できるようなマッチングを行っています。
伊藤: ボランティア文化の醸成という点では、今後どういったことをお考えですか?
渡邉: 先ほど申し上げたように11万人を超えるボランティアの方たちが、その後も活躍する場が必要になります。日本スポーツボランティアネットワークのポータルサイトがその情報を提供するひとつの場所になると思うのですが、収まりきらなければ日本財団ボランティアサポートセンターでいろいろなものを追加していきたい。全国のボランティア情報がここにくればわかるという状態にしたいと考えています。ボランティアを希望する人たちと、ボランティアを募集する企業や団体とを結び付け、ボランティア活動を活発化していくような仕組みを、今後はもっと大きくしていこうと思っています。
(おわり)
<渡邉一利(わたなべ・かずとし)>
日本財団ボランティアサポートセンター理事長。1963年、千葉県出身。早稲田大学卒業後、日本財団に入会し、主に経営企画業務を担い、組織経営論を実践で学ぶ。2005年から笹川スポーツ財団常務理事、2013年から同専務理事を務め、2017年6月から現在まで同理事長。2017年9月、日本財団ボランティアサポートセンター理事長に就任。スポーツ庁スポーツ審議会の健康スポーツ部会長も務め、深謀遠慮、知行合一を旨として「する」「みる」「ささえる」スポーツの振興に携わる。
(構成・杉浦泰介)