二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2019.05.16
前編 サッカーで広がる輪
~すべての人が対等に交われる社会を~(前編)
一般社団法人パラSCエスペランサの理念はこうだ。「サッカーやスポーツを通じて、相手を尊重するフェアプレー精神を養い、誰もが排除されることなく対等に交わる、自立したプレーヤーであふれる社会を実現する」。代表理事を務める神一世子氏は日本CPサッカー協会副会長と日本障がい者サッカー連盟副会長を兼ねている。神代表理事にパラスポーツを通じた共生社会実現に向けた取り組みを訊いた。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 神さんは日本CPサッカー協会の立ち上げから携わり、CPサッカー日本代表のチームマネージャー、事務局長を経て、2016年に副会長に就任しました。CPサッカーとの出合いを教えていただけますか?
神一世子: まずサッカーのボランティアに興味を持ったのがきっかけでした。元々学生の頃からボランティア活動が好きでいろいろなボランティアをしていました。その時に少年サッカーのキャンプにボランティアとして参加しました。
二宮清純: そこで人生を変えるような出会いがあったと?
神: はい。その少年サッカーチームの子どもたちが非常に統率がとれていたんです。小学5年生ぐらいだったと思うのですが、試合後、チームのキャプテンが中心になり、自分たちでミーティングを行っていました。通常、その年代の子どもたちと団体行動をするとまとめるのが大変です。でもそのチームはキャプテンがうまくまとめてくれていた。チームがスポーツでひとつになっていく姿を目の当たりにしたことが理由のひとつです。またそのキャンプにはサッカー元日本代表の木村和司さんがゲストでいらっしゃっていました。夜に懇親会のようなものがあり、木村さんと子どもたちが試合について真剣に話し合っていたんです。サッカーを通じて、元日本代表のレジェンドと子どもたちが同じテーブルで話し合える姿を見て感動したんです。それでサッカーのことをもっと知りたいと思い、審判やコーチの資格を取りました。そこでサッカーに何か関われることはないかなと模索している時に新聞記事で障がい者サッカーのボランティアを募集しているのを見つけたんです。
伊藤: その募集をしていたのが現在のご主人である神幸雄さんだと伺いました。
神: そうなんです。彼は元CPサッカーの選手で、日本にCPサッカー(脳性まひ7人制サッカー)を広めようとしていました。当時は協会もありませんでしたので、最初は自分たちが選手たちを集めて合宿を開催したりしていました。そうやって私もCPサッカーに関わっていく中で"もっとこうなったらいいのに"と思うことがあり、そのひとつひとつを"ああしよう""こうしよう"と取り組んでいる間に、今に至っている気がしますね。
【正式種目復帰に向けて】
二宮: CPサッカーはどのようなクラス分けになるのでしょうか?
神: 基本的には脳の運動機能の障がいで手足にまひがある人という括りです。脳性まひ、脳血管の障がい、交通事故での脳外傷などと原因は様々です。生まれたときから障がいのある人もいれば後天的の人もいます。障がいの重さによって3つのクラスに分けられています。1チーム7人編成で、チームに1人以上は重いクラスの選手、軽いクラスの選手は1人までというルールになっています。
二宮: 事故や病気など後天的な原因でまひになる人もいます。CPサッカーは競技を追求することに加えてリハビリ的な要素もあります。
神: そうですね。30歳で脳梗塞になってからCPサッカーを始め、日本代表のゴールキーパーになった選手もいます。目標があり、体を動かす機会があれば、もっと動けるようにもなったり、動きやすい工夫を覚えるようなります。"サッカー上手くなりたい""こんなふうになりたい"というモチベーションが練習意欲にも繋がりますからね。
伊藤: CPサッカーの技術が向上するだけでなく、体の可動域が変わってくることもあるんですか?
神: それもあると思います。昔、ある選手についていたリハビリの先生が「うちでやっているよりも全然動けるようになっている」とおっしゃっていました。
二宮: 自分で楽しみながらできることがかえっていいのかもしれませんね。パラリンピックにおいては1984年のニューヨーク・アイレスベリー大会から2016年のリオデジャネイロ大会までは正式種目でしたが、2020年の東京大会で除外されてしまいました。
神: 東京大会から外された時は普及の国数が基準を充たしていなかったんです。2024年のパリ大会で復帰できなかった理由は女子の参加率が低いことと、もうひとつはCPサッカーが入ることで重度の障がいのある人たちの参加率が下がってしまうことです。
二宮: 将来的には女子チームもつくりたいと?
神: はい。2028年ロサンゼルス大会での正式種目復帰に向けて、今は女子の参加率をあげようという世界各国で女子普及に向けた取り組みをしています。障がいが重い人の参加率については、CPサッカーのクラス分けを2018年から変更しました。2017年まではかなり健常者に近い軽度な障がいの人もクラス分けの基準を変更してもっと障がいの重い人たちが参加できるようになりました。
伊藤: 普及に向けてはどのような活動を?
神: そうですね。まずは場所をつくることが大事なので、国内では女子のクリニックを始めました。やりたいと思った時に行ける場所があるということが重要ですから。各地域にチームができたり、参加しやすい場所を作ることを今後はやっていかなきゃいけないと思っています。
二宮: 2016年4月に日本CPサッカー協会を含む障がい者サッカーの7競技団体を統括する団体として、日本障がい者サッカー連盟が設立されました。
神: 統括する団体ができたことで、いろいろな連携が進みつつあるという感じですね。今は北澤豪会長を中心に"障がいある人にサッカーをもっと普及していこう、自立して頑張ろう"と動き出しています。私たちも自立した上で様々な取り組みをできるようになっていければいいと思っています。
(後編につづく)
<神一世子(じん・いよこ)>
一般社団法人パラSCエスペランサ代表理事。神奈川県横浜市出身。関東学院大学卒業後、旅行代理店、損害保険会社、特例子会社等に勤務。1999年より、一般社団法人日本CPサッカー協会の立ち上げに携わり、CPサッカー日本代表のチームマネージャー、事務局長を経て、2016年に協会理事(副会長)に就任した。一般社団法人日本障がい者サッカー連盟発足後、理事に就任。2018年より副会長を務める。2012年、特定非営利活動法人CPサッカー&ライフエスペランサを設立。2015年には一般社団法人パラSCエスペランサを設立し、エスペランサNEXTにて障がい児のサッカースクールを開所。2017年には、障がい者就労支援事業所となるE'sCAFEをオープンした。
(構成・杉浦泰介)