二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2019.09.12
前編 パラスポーツ会場、満員への足がかり
~通信が生みだす新たなスタイル~(前編)
NTTグループは東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の最高位スポンサーに当たる「ゴールドパートナー」のひとつである。大会関連の通信サービスやネットワークセキュリティ業務などを包括的に提供することになっている。そのNTTグループの一員である株式会社NTTドコモは、安心・安全・快適な東京オリンピック・パラリンピック競技大会実現に向けて、準備を加速するために、2017年夏、東京2020推進室を新設した。室長を務める古野徳之氏に、NTTドコモの東京2020年大会にかける想い、取り組みについて訊いた。
二宮清純: 2017年7月、御社に東京2020推進室が新設され、古野さんは室長に就任しました。
古野徳之: はい、そうです。簡単に振り返りますと、NTTグループは2015年に東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会のゴールドパートナーになりました。それ以降、パートナーの一員であるNTT東日本、NTT西日本、NTTコミュニケーションズには、それぞれオリンピック・パラリンピックに関する部署が立ち上がり、大会に向けた検討を行ってきましたが、ドコモもようやく2017年に、専門部署である東京2020推進室が設置されたわけです。実は、スポーツ、とりわけパラスポーツの振興には個人的に長く携わってきました。具体的に言えば、私は1990年に入社し金沢に赴任したのですが、翌年(1991年)、石川県で全国障害者スポーツ大会が開催されました。そこで競技結果の速報配信のお手伝いをしたことがパラスポーツに関わったきっかけです。その時に、選手やそれを取り巻くいろいろな方たちと知り合いになりました。実は、その時、伊藤さんとも知り合い、その後、パラスポーツ支援の世界に引き込まれていったわけです。
二宮: えっ、古いですねぇ(笑)。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): はい、古いんです(笑)。
古野: その後も伊藤さんとはいろいろとご縁があって、できる範囲ではありますがパラスポーツに関わっていました。そういう意味では、パラリンピックにも携わることのできる東京2020推進室の室長就任の話は"これはもう天命だな"と感じましたね(笑)。
二宮: ところで、東京2020推進室は何人くらいいらっしゃるんですか?
古野: 今は25名くらいです。ただ、東京2020年大会に携わるメンバーはそれだけではありません。弊社は通信会社ですから各会場の通信設備の整備をします。また保守やサポート、ボランティアなどを含めれば、数百人単位になる予定です。
伊藤: 室長就任後、改めてパラスポーツの現場に足を運ばれて、どう感じられましたか?
古野: この職責に就く前から、パラスポーツの観戦はしていましたが、改めてパラスポーツのいろいろな競技大会を観戦し、その迫力と選手の真剣さは素晴らしいなと感じているところです。一方で、観客席を見ると相変わらずガラガラで、満員どころではない。パラスポーツの選手たちも、満員の観客の中でプレーしたいという気持ちを持っているはずです。こうした現状は以前から聞いていましたし、私もこの職責になる前からもどうにかできないかと感じていました。それもあり、社内では機会があるたびに「東京パラリンピックの会場を満員にしたい。家族・友人を誘って観に行きましょう」という声掛けを行っています。弊社にはパラ水泳の山田拓朗選手、パラカヌーの小山真選手が在籍しています。まずは、彼らの応援に行くことなどで、社員がパラスポーツに関心を持つことに繋がるかもしれません。また弊社は共生社会実現に力を入れておりますので、パラスポーツ観戦などを通じて、社員の意識も変えたいと思っています。
【"ドコモで働いていて良かった"】
伊藤: 配属の業務を超えて希望者が集まったワーキンググループもありますね。
古野: そうなんです。パラリンピック、パラスポーツを応援したい人を社内公募の形で募集しました。本来の業務を続けながら、空き時間などを使って、パラスポーツの応援気運を盛り上げていこうという取り組みです。この3月には"パラスポーツを知ろう"という体験会をこうした社員が企画し実施してくれました。伊藤さんにはパネラーとして来ていただきました。NTTのグループ会社にはブラインドサッカーの選手がいますので、華麗なドリブルを披露してもらいました。そのスピードとテクニックを目の当たりにすると参加した社員も"すごい"と驚いていました。やはり一度、実物を見ると見方が変わると思っています。パラスポーツを体験し、選手を身近に感じることでパラスポーツの会場に足を運ぶきっかけになるのかなと思っています。
二宮: そういう興味を持ってもらうきっかけづくりが一番大事ですからね。
古野: ええ。まずきっかけをつくり、パラスポーツに興味を持ってもらい、会場に足を運んで、観戦する人を増やしたいと思っています。そこから一度観戦した人が、次は家族や友人を連れて行く。そして来年の東京パラリンピックで会場を満員にできるような取り組みを、今後もやっていきます。
二宮: 来年の東京2020大会に向けて、特に取り組んでいることがあれば教えてください。
古野: 弊社が取り組んでいることのひとつは働き方改革です。特に東京2020大会期間中は、交通渋滞が想定されます。大会期間中はなるべく出社をせずに混雑緩和に協力したいと思います。弊社の場合、モバイルを使って、必要な業務を自宅やコワーキングスペース、カフェですることも可能なリモートワークを推進しています。2020年東京オリンピック・パラリンピック開催を機に、さらに改革を進めていきたいと思っていますし、そういう働き方が他の企業様にも広がっていけば良いと思います。
伊藤: 働き方のみならず、社員の方の意識が変わるきっかけになるかもしれませんね。
古野: そうですね。私は「東京2020大会を通じてどのようにしていきたいですか」と聞かれることが多いのですが、そういう時は「"あぁ、ドコモで働いていて良かった"と思える大会にしたい」と言っているんです。社員にはドコモに所属していることによって、通信設備の構築や保守、マーケティング活動など、業務としてオリンピック・パラリンピックに携わる人もいれば、ボランティアで携わる人もいれば、社員である選手の応援に行く人もいる。"この会社で働いていたからこそ、こんな素晴らしい経験ができるきっかけがあった。あぁ、ドコモで働いていて良かった"と感じてもらいたいと思っています。東京2020大会を経て、社員に満足な気持ちや新しいことにチャレンジする行動の変化などがあればいいなと考えています。
(後編につづく)
<古野徳之(ふるの・のりゆき)>
株式会社NTTドコモ 理事 東京2020推進室長。福井県出身。1990年東京大学経済学部卒。同年、日本電信電話株式会社に入社し、本社勤務や大蔵省(現財務省)主計局出向の他、地方勤務も経験し、主に、経営企画、人事総務秘書業務に従事。2017年、NTTドコモに新設された東京2020オリンピック・パラリンピックに向けた企画や準備を担当する現職に就任。NPO法人STANDの伊藤数子代表とは約30年に及ぶ交流がある。
(構成・杉浦泰介)