二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2020.01.30
後編 競技普及のため手を取り合う
~社会に貢献する"体育人"育成~(後編)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 三浦先生はスポーツ科学を研究される傍ら、障がい者ダイビングにも長く関わっていらっしゃいます。そのきっかけは?
三浦孝仁: 私はそれまで勝つか負けるかでスポーツをやっていました。私は"いかに強く、いかに速く"がスポーツだと思っていましたが、友人に誘われたスキューバダイビングは違いました。ダイビングはいかに力を抜いてリラックスできるかがポイントなんです。"これは面白い"と虜になりました。岡山大学時代に、ある頸椎損傷の学生から「海に潜ってみたい」という話を持ち掛けられました。早速、ダイビング仲間に相談すると、「手伝う」と言ってくれたんです。それでその学生はトレーニングし、海に潜ることができた。その時の達成感は学生にとっても、また我々にとっても大きいものがありました。
二宮清純: それから障がい者ダイビングに本格的に関わるようになっていったと?
三浦: はい。当時、日本ではダイビングでの事故が少なくありませんでした。このままではダメだとダイビング界でも問題になっていました。そんな状況下にもかかわらず、障がい者スポーツを指導するノウハウを持ち、ダイビングのインストラクターとして社会貢献しようというグループが1990年にできたんです。私もそれから障がい者ダイビングを勉強し始めました。
二宮: 具体的にはどのように関わっていったのでしょうか?
三浦: 全国大会を年に1回開催しました。大会には全国各地からいろいろな障がいのある人たちが来るんです。パラスポーツは競技によっては同じ障がいのある人が集まって競技をしますが、ダイビングにはクラス分けもなかったので、いろいろな方がいらっしゃいました。
伊藤: 先ほどおっしゃっていた「強さ、速さを競わない」ことも様々な障がいのある人が一緒に楽しめる理由なのかもしれませんね。
三浦: ええ。ダイビングは多様性の象徴ですね。聴覚障がいのあるアシスタントインストラクターが、全盲の人のダイビングをサポートするケースもあります。正しい知識さえあれば、水の中は多くの人が一緒に楽しめる場所です。普段、引っ込み思案な子がダイビングの場では、積極的にコミュニケーションを取っている姿を目にすることもありました。目から鱗が落ちるような場面に遭遇し、私自身も勉強させてもらいましたね。実際にダイビングを経験した方からは「水中ではバリアフリーだった」という、うれしい意見もいただきました。
二宮: 国内の統括団体の起源は?
三浦: アメリカに本拠を置くHSA(Handicapped Scuba Association)の日本支部として1990年、私の友人たちがJULIA(Japan underwater leaders and instructors association)を立ち上げました。JULIAをさらに発展させたのが、2016年にできた私が代表理事を務めるHSA JAPANです。
伊藤: JBDA(日本バリアーフリーダイビング協会)という団体もありますよね?
三浦: ええ。JBDAは1997年に設立された日本障がい者スポーツ協会に加盟している組織です。現在、互いの強みを生かしつつ、ひとつになろうという話を進めています。今年2月、2団体の共催による「障がい者ダイビング学術および指導者研究会」を行います。
【団体の垣根を越えて】
伊藤: 団体の垣根を越えて、ふたつの団体を一緒にしようと。
三浦: ええ。障がい者ダイビングの普及・発展・安全性向上と両団体が目指していることは一緒なんです。その先の発展のため、まずはお互いの情報を共有し、交流する機会をつくろうと思っています。
二宮: 競技普及の観点で言えば、パラリンピック競技になれば認知度も上がります。しかし、正式競技に選ばれることは簡単ではない。国際的な大会が開催されればいいですよね。
三浦: そうですね。しかし「安全確保のために競わないことが重要なんだ」という意見もあります。安全面を考えるならば、正確性を競うような種目をつくれば、そんなにリスクは高くないんですけど......。
二宮: 例えば、かつてフィギュアスケートにあった正確さを競うコンパルソリーのような種目ですね。障がいの重さに応じてクラス分けすれば、ある程度の公平性は担保できます。やはりコンペティションがあった方が、競技者のモチベーションアップに繋がりますよね。
三浦: 今年2月の研究会を契機に、今後は積極的に意見交換していきたいなと考えています。それに加え、指導者の育成も競技普及のためには重要なことです。
伊藤: 障がい者ダイビングのインストラクターと、スキューバダイビングのインストラクターの資格とは違うんでしょうか?
三浦: ええ。スキューバダイビングのインストラクターは潜水技術を習得した者が認定団体の試験に合格すれば取得できるのに対し、障がい者ダイビングのインストラクターは潜水技術に加え、障がいに関する医学的知識を持っていなければいけません。現在、障がい者ダイビングのインストラクターは、スキューバダイビングのインストラクター同様に民間資格ですが、いずれは潜水士のような国家資格になればいいと思っています。国に認めてもらうには、HSA JAPANとJBDA団体が手を取り合う必要があるんです。それが競技の普及・発展・安全性向上のための、大きな一歩になると思っています。我々は障がいの有無に関わらず、誰もが自由に海を楽しめる環境づくりをしていきたいのです。
(おわり)
<三浦孝仁(みうら・こうじ)>
環太平洋大学体育学部学部長/スポーツ科学センター センター長。1957年、埼玉県出身。1980年3月、早稲田大学教育部卒業後、日本体育大学大学院に進んだ。その後、専門学校講師を経て、1988年に岡山大学へ赴任。顧問を務めたウエイトトレーニング部は10度の全国制覇を果たした。1996年に岡山大学で医学博士の学位を取得。同大の教授、キャリア開発センター・副センター長を経て2013年、岡山大学名誉教授に就任した。同年10月に学校法人朝日医療学園の副理事長に就任。2014年4月には同学園長を務める。2017年に環太平洋大学体育学部学部長に就任。2019年3月には新たに開設したスポーツ科学センターのセンター長を務める。障がい者ダイビングの指導団体「HSA JAPAN」の代表理事も務めている。著書に『筋トレっち 走れるカラダの育て方』など。
(構成・杉浦泰介)