二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2020.04.16
前編 創りあげた新しい概念
~ピープルデザインで"心のバリアフリー"実現へ~(前編)
NPO法人ピープルデザイン研究所は「ピープルデザイン」を提唱し<マイノリティの方々の課題をクリエイティブに解決し、ダイバーシティな社会を実現していく>ことを目的に2012年に設立した。渋谷というまちを中心に「超福祉」を旗印に、障がいや福祉に対する負のイメージを変えていく活動を行っている。ダイバーシティ&インクルージョンのまちづくりを目指すピープルデザイン研究所が描く「超福祉」とは――。創設者で代表理事を務める須藤シンジ氏に話を訊いた。
二宮清純: ピープルデザイン研究所では、障がいに対する負のイメージを「かっこいい」「かわいい」に変えていくための活動をされています。障がいのある息子さんがきっかけだったと伺いました。
須藤シンジ: はい。20数年前、私は肩書と年収がすべてという仕事人間でした。息子が重度の脳性麻痺で生まれ、行政サービスを受ける側に立ってみて、それまでの考えからガラリと変わりました。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): どのように変わったのでしょうか?
須藤: 私にとって一番大事なのは、家族との時間を増やすこと、息子たちに良い未来を用意することです。仕事中心の生活から家族との時間をもっと増やせるように変えました。そのために当時勤めていた会社からの独立を決めたんです。
二宮: 生き方そのものを変えるきっかけにもなったんですね。
須藤: ええ。日本は欧米先進国と比べるとダイバーシティやインクルージョンの面で遅れている、と気付きました。障がいのある方たちが自立していくためには、日本の現行の福祉制度や社会制度では難しい。それならば、自分たちで新たな概念を創り、行動しようと思ったんです。そこから生まれたのが「ピープルデザイン」という言葉で、のちにNPO法人の立ち上げにもつながりました。
伊藤: 「ピープルデザイン」とはどういう概念でしょうか?
須藤: "心のバリアフリー"をドキドキワクワクさせながら実現していくこと。定義としては"心のバリアフリー"をクリエイティブに実現するための考え方や方法論です。日本では障がいのある方たちをはじめとするマイノリティの方々がなかなか受け入れられていないのは、そもそもマイノリティの方々を知らない。その"無知"の裏側に"恐怖"があるからと考えています。このことを我々は"心のバリア"と捉えています。
【出会いを促進】
二宮: 方法論というのがいいですね。その過程も大事にしたいということでしょうか。
須藤: ええ。一昔前にPDCA(プラン・ドゥ・チェック・アクション)という言葉が流行りましたね。しかし実際はPばかりで何も起こらない。Pのためプランになっていたと思うんです。我々はDO先行型。まずはやってみる。その次にチェックし、次のプランを立ち上げ、具体的なアクションを起こす。10年前からDCPAで活動しています。その分、失敗も多いんですけど(笑)。
二宮: "心のバリアフリー"を実現するための「かっこいい」「かわいい」というファッション性に着目したモノづくり。そのひとつに挙げられるのが、アシックスとコラボしたスニーカー「プロコート・ネクスタイド・AR」です。このスニーカーは障がいのある方も履きやすい配慮や工夫が施されていたそうですね。
須藤: あくまで最新のファッションアイテムとして通用するものをつくりました。人気のデザイナーにデザインを依頼し、ニューヨークや渋谷のセレクトショップで販売しました。障がいのある人のためにつくったスニーカーではなく、純粋に履きやすく機能的で「かっこいい」スニーカーとして売り出したんです。そういうマーケティング手法で展開し、たくさんの人に購入していただきました。
二宮: その機能的な部分が、障がいのある方に使いやすいデザインになっていたわけですね。
須藤: はい。カカト部分はスキーブーツのように大きく開くので、誰でも着脱しやすいつくりになっています。またハイカットのスニーカーの固定するためのストラップは、左右どちらの手でも調整や固定ができるよう、360度回転するようになっています。
二宮: 片手しか使えない場合にも対応できる構造になっていたんですね。障がいのある方からの反響も大きかった?
須藤: 北京パラリンピックの時には、車いすバスケットボール女子日本代表の全員が履いてくれました。障がいのある方からの「送ってください」という問い合わせもたくさんいただきましたが、我々はあくまで店頭で販売することにこだわりました。
伊藤: それはなぜでしょう?
須藤: 店頭に足を運ぶために、障がいのある人がまちへ出かけることで、その過程でたくさんの人と出会うことを期待したからです。だから福祉用品の販売店から「入荷したい」という要望にも強い意志を持ってお断りしました。まちや店頭で障がいのある人とそうでない人が出会う。それが自然と混ざり合う、ダイバーシティ&インクルージョンな社会になるために必要なことだと思ったからです。
(後編につづく)
<須藤シンジ(すどう・しんじ)>
NPO法人ピープルデザイン研究所代表理事、有限会社フジヤマストア/ネクスタイド・エヴォリューション代表取締役社長。1963年、東京都出身。明治学院大学卒業後、大手流通企業にて宣伝、バイヤー、副店長などを歴任。2000年に独立し、有限会社フジヤマストアを設立。2002年にソーシャルプロジェクト「ネクスタイド・エヴォリューション」を開始。「ピープルデザイン」という新たな概念を立ち上げ、障がいの有無を問わずハイセンスに着こなせるアイテムや、各種イベントをプロデュース。2012年にはNPO法人ピープルデザイン研究所を創設し、代表理事に就任。同研究所では渋谷というまちをベースにし、そこに働く人と集う人々の行動をデザインすることで、ダイバーシティ&インクルージョンのまちづくりを目指し、活動している。2016年下期より、オランダのTU Delft/デルフト工科大学 Design United リサーチフェローに就任。著書に「意識をデザインする仕事」(CCCメディアハウス/旧 阪急コミュニケーションズ)がある。
(構成・杉浦泰介)