二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2020.04.30
後編 「超福祉」を発信
~ピープルデザインで"心のバリアフリー"実現へ~(後編)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): ピープルデザイン研究所の活動のひとつである「超福祉展」は、過去6回開催されています。
須藤シンジ: 正式名称は「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」。構想は2012年から考え、障がいのある方をはじめとするマイノリティや福祉そのものに対する"心のバリア"を取り除こうと、渋谷区ほかとの共催で、2014年から、渋谷ヒカリエを中心に開催を続けている展示会イベントです。"2020年に渋谷のまちでは、デザイン性の高いモビリティなどのプロダクトや、最新のテクノロジーを活用したサービスがまちに溢れ、障がいのある方が健常者よりも「かっこいい」「かわいい」「やばい」と憧れられるような状態を、当たり前の風景にしよう"という思いでスタートしました。昨年は会場実数レベルで7万人を超える人を集めることができるようになりました。今では人を集め、技術を見せる場所として定着してきたと思います。
二宮清純: 次のステージに行くということですね。
須藤: ええ。これまで会場の渋谷ヒカリエでは入館最大来場者数を更新し続けています。今年は最低集客数になるかもしれません。なぜなら会場をスタジオ化にし、すべてのコンテンツをオンライン化して開催しようかなと考えているからです。
二宮: それは面白い試みですね。ピープルデザイン研究所のベース地となっている渋谷は他の市区町村と比べ、先進的なイメージがあります。須藤さん自身は渋谷区における活動をどのように感じられていますか?
須藤: 渋谷というまちが持っている特徴は大きく分けてふたつあると思うんです。ひとつは新しいカルチャーが生まれる遺伝子のある場所。もうひとつは渋谷というまちが世界でも有名だということです。すなわち"媒体力"を持っている。このふたつの特徴を合わせ、有効活用する。そこに日々腐心しているところではあります。
伊藤: 渋谷区は「かっこいい」「かわいい」「やばい」というメッセージを敏感に受け取ってもらえる場所だと感じていらっしゃるのですね?
須藤: そう思いますね。我々もこのまちを意図して媒体と捉えています。注目度の高い渋谷というまちにNPOを立ち上げたのは、新しいものを生み出し、世界に発信できる力を持っているからです。
【"思いやり"より"慣れ"】
伊藤: 2012年から障がいのある人たちの就労機会を創出するための活動を行っていますね。
須藤: 我々は障がいのある方たちの社会参画を促進し、共生社会を実現するために、「働く」という社会との接続体験に着目しました。身体・精神・知的障がいのある方々、ニートやひきこもりと呼ばれる方々など様々な理由から社会参画することが難しい人たちが働く体験をすることで、もてなされる側ではなくもてなす側へ回ってもらう構造をつくったんです。「就労体験」と称して、最初はJリーグの横浜FCの試合会場で、市内の障がいのある方々に、運営スタッフとして働いてもらいました。その後は川崎市内のJリーグやBリーグといった地域のスポーツを利用させていただきました。
二宮: 川崎市とは14年に「ピープルデザインの考え方を活用したダイバーシティのまちづくり」という包括協定を結ばれたそうですね。
須藤: そうですね。私が川崎市に50年以上住んでいたというご縁もありました。この就労体験は川崎市で5年以上続いているプロジェクトです。その参加者が就労に結びついてきているという数字も出ているので、引き続きやっていきたいです。
二宮: 数字が出ていると説得力も出てきますね。
須藤: 障がい属性は身体、知的、精神と、大きくは3種類に分けられます。内閣府の「障害者白書」によると、身体障がいと精神障がいは45%ずつ。残りの10%が知的障がいです。しかし日本の障がい者雇用は身体障がいのある方が多く採用されていますが、その他の方々はなかなか一般就労することができないのが実状です。そこに対していかにして光を当てられるかに、我々の存在意義はあると考えています。二宮さんが以前おっしゃっていた流行語にもなった「ワンチーム」を「居場所と役割と出番」と定義付けたことは大変勉強になりました。
二宮: ありがとうございます。おっしゃるように障がいにはいろいろな種類があり、多様性を認め合うことが重要です。パラスポーツのスター選手ばかりに目がいきがちで、光の当たらない人がほとんどです。
須藤: それは日本の学校教育においても言えるかもしれません。いまだに健常者と障がい者のクラスを分けている。地域や学校によっては共生しているところもありますが、"違い"を知るという経験が少ないんです。
伊藤: 保護者たちによる「自分の子供に対する教育の質が落ちる」という偏見があると聞きます。
須藤: 我々の存在意義は学校教育以外の空間で、いかに日常的に混ざり合う時間と経験を提供できるかだと思っています。私はピープルデザイン研究所を立ち上げたばかりの頃は"思いやり"というフレーズをよく使っていました。ただ"思いやり"というワードに引っ張られ過ぎると、よくない。だから今は"思いやり"よりも"慣れる"ことが大事なんだと思っています。
二宮: 日本パラリンピック委員会の河合純一委員長は「真の共生社会は個性をお互いに生かしあえる社会。例えるなら、ミックスジュースみたいにフルーツを混ぜ合わせていくのではなくて、フルーツポンチのようにひとつずつの個性を生かし合って、混ざり合う。お互いの良さを生かし合える社会をつくっていきたい」とおっしゃっていました。
須藤: あるものを生かすべきという発想は全くの同感です。我々も"違い"を個性と捉え、共生していくためのアイデアをこれからも発信し続けていきたいです。
(おわり)
<須藤シンジ(すどう・しんじ)>
NPO法人ピープルデザイン研究所代表理事、有限会社フジヤマストア/ネクスタイド・エヴォリューション代表取締役社長。1963年、東京都出身。明治学院大学卒業後、大手流通企業にて宣伝、バイヤー、副店長などを歴任。2000年に独立し、有限会社フジヤマストアを設立。2002年にソーシャルプロジェクト「ネクスタイド・エヴォリューション」を開始。「ピープルデザイン」という新たな概念を立ち上げ、障がいの有無を問わずハイセンスに着こなせるアイテムや、各種イベントをプロデュース。2012年にはNPO法人ピープルデザイン研究所を創設し、代表理事に就任。同研究所では渋谷というまちをベースにし、そこに働く人と集う人々の行動をデザインすることで、ダイバーシティ&インクルージョンのまちづくりを目指し、活動している。2016年下期より、オランダのTU Delft/デルフト工科大学 Design United リサーチフェローに就任。著書に「意識をデザインする仕事」(CCCメディアハウス/旧 阪急コミュニケーションズ)がある。
(構成・杉浦泰介)