二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2020.05.28
後編 変革の契機に
~1年延期がもたらすメッセージ~(後編)
※取材は4月27日にWEBインタビューで実施
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 花岡さんは学校や企業などで講演も頻繁に行われています。
花岡伸和: コーチング以外の仕事はそこがメインですね。特に東京オリンピック・パラリンピックに向け、オリパラ教育の推進校を回る機会が多かった。1年延期となったことで、これまで積み上げてきたものをどう繋いでいくかも重要です。もっと子供たちに伝えたいことはたくさんありますが、今は以前のように学校や企業に赴くことはできません。何か方法はないのかと、模索しているところです。
二宮清純: パラアスリートには様々な雇用形態の選手がいます。社員として雇用されている選手もいれば、2020年までの契約社員という選手もいる。社員としてではなくスポンサー契約を結ぶ選手もいます。東京パラリンピックが1年延期となった今、契約期間が限られている選手は2020年以降も契約を継続してもらえるのでしょうか?
花岡: それは選手によってまちまちですね。連盟のスポンサーの皆様も2020年までを一区切りとされていた企業は少なくない。今のところ選手や競技団体がスポンサー契約を1年延長できるかどうかの保証はありません。
伊藤: 花岡さんは以前から「現役引退後も会社にどんな貢献をできるか。そういう意識を持たず、とりあえず会社に応援だけをしてもらい、"先のことは後から考えよう"という選手が多い。それでいいのか」と疑問を呈していましたね。
花岡: それこそパラリンピックを目指していれば、何でも許されるという雰囲気がありました。"2020マジック"と言っていいかもしれません。その意味で、大会延期による1年間の冷却期間はプラスになると感じています。新型コロナウイルスの影響で世界的な価値観が大きく変わり、生き方や働き方が変わる可能性がある。これまで商業化の道を進んでいたパラリンピックがどういうものになるのか。そこを注視していく必要があります。我々も商業化の波に乗ろうとするのではなく、本当のスポーツの価値に目を向けられるように活動していきたいと考えています。
二宮: このコロナ禍によって花岡さんの人生観も変えられましたか?
花岡: 僕自身の生き方を変えるところまではいっていません。パラ陸上の現役時代に2011年の東日本大震災を経験しましたが、その時は生きるということについて改めて考えさせられました。9年前の経験を経たこともあり、今は落ち着いて構えられている気がします。だからコントロールできないことに目を向けるのではなく、コントロールできることに注力しようと考えています。今回のコロナ禍は競技のことばかり考えていた選手たちが、生き方に目を向けるきっかけになるかもしれませんね。
【「多様性と調和」】
二宮: 人はなぜ生きるのか。哲学的な問いかけにもなってきますね。外出を避け、自宅で過ごすなど自粛生活はいわゆる"生存"です。人と会ったり、スポーツをしたり、芸術に触れたりすることが潤いのある"生活"。今は生活よりも生存が優先される毎日です。
花岡: 本当にその通りだと思います。最近、水や空気がきれいになってきていると感じます。いかに地球にとって人間のエゴが悪影響を及ぼしていたのか、と。今回のコロナ禍が自分たちも大きな生命体である地球の多様な命のひとつだと考えるきっかけになればいいですね。本来、スポーツはエコロジーな活動のはず。その魅力を改めて発信できればいいと思っています。
二宮: オリンピック・パラリンピックがなくても人々の生活は変わらない。大事なことはスポーツが残っていること。オリンピック・パラリンピックは非日常の空間です。日常あっての非日常だとつくづく感じますね。
花岡: 同感です。2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックは「サスティナブル」(持続可能性)がテーマでした。でもそれは人間都合のサスティナブルだったのかなと今は思いますね。その点で言えば、今回の東京オリンピック・パラリンピックは人間都合ではないサスティナブルを示すきっかけになればいいと感じています。
二宮: 東京オリンピック・パラリンピックが変革のきっかけになればいいですね。今後に向けたパラスポーツの課題は?
花岡: 競技団体の成熟かなと思います。現在、自分たちだけで稼げる団体は少ないんです。延期前までは東京オリンピック・パラリンピック開催が近付いていく中、なかなか競技団体を大きく変革することは難しかった。でも変化なしに成長はないと思う。競技団体が成熟しないことには選手も成熟できないのではないかと感じています。
伊藤: その意味で来年に延期となった東京オリンピック・パラリンピックにおける日本の役割は大きいと?
花岡: ええ。東京オリンピック・パラリンピックには世界をひとつにする役割があると思っています。大会ビジョンには「多様性と調和」と謳われています。"多様性"を受け入れ、人々が"調和"できる世界になる。僕は来年の大会が"生き方の多様性"を知り、理解する契機になればうれしいです。それがより良い共生社会をつくるための一歩だと考えています。
(おわり)
<花岡伸和(はなおか・のぶかず)>
一般社団法人日本パラ陸上競技連盟副理事長。1976年3月13日、大阪府出身。プーマ ジャパン所属。1993年、高校3年時にバイク事故で脊髄を損傷し、車椅子生活となる。1994年から車椅子陸上を始め、2002年には1500メートルとマラソンの当時日本記録を樹立した。2004年アテネパラリンピックに出場し、マラソンで日本人最高位の6位入賞。2012年ロンドンパラリンピックでは同5位入賞を果たした。同大会を最後に陸上選手としては引退し、ハンドサイクルに転向。現在は国内外のパラサイクリング大会に出場する傍ら、日本パラ陸上競技連盟副理事長および車いす競技強化部長なども務める。2016年には早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程入学。2017年に同課程修了。講演活動のほかパラ陸上
(構成・杉浦泰介)