二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2020.07.16
前編 「社会変革の祭典に」
~延期でも迷わぬ共生社会実現への道~(前編)
日本障がい者スポーツ協会(JPSA)の常務理事と、日本パラリンピック委員会(JPC)の副委員長を兼務する髙橋秀文氏は共生社会実現に向け、尽力している。髙橋氏に1年延期(2021年8月開幕予定)となった東京パラリンピック競技大会への思い、パラスポーツの現状と課題を訊いた。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): この夏に開幕予定だった東京パラリンピック競技大会は、新型コロナウイルスの感染拡大により、1年延期となりました。この事態をどのように受け止めましたか?
髙橋秀文: 今年の夏開催に向かって精一杯やってきたわけですから、正直に言えば非常に残念でした。ただ、健康があってのスポーツです。国民の方の安全、安心があってのスポーツだと思っています。延期はやむを得ない。落ち込んでいてもしょうがないと思うんです。むしろ1年の延期を前向きに捉え、いろいろと準備していきたいです。
二宮清純: 選手たちはどのように受け止めていますか?
髙橋: パラアスリートたちは前向きにとらえているはずです。特に中途で障がいを持った人は、ケガや病気で精神的にガクッと落ち込んだ経験がある。それを乗り越えてきた強さがあるから、"今回の苦難も乗り越えるぞ"という逞しさを感じます。パラアスリートは命があって、今があり、スポーツをできる喜びを知っている。だから彼ら、彼女らを見ていると、焦りや不安よりも"自分の体は自分がよくわかっている。きっちりと来年の夏に照準を合わせるから心配するな"との気概を感じますね。
二宮: いろいろな経験をされているから、不測の事態が起きても大きな動揺はないのかもしれませんね。
髙橋: 選手たちからは"これまでも大変なことを乗り越えてきたんだ。コロナは必ず乗り越えられる。コロナになんか負けないぞ"という気概が見られます。
二宮: 治療薬やワクチンがまだない以上、このウイルスと共に生きていかなければいけません。
髙橋: そうですね。パラ水泳の成田真由美さんは「障がいを持った時、"変えられないものは受け入れるしかない"と思った」とおっしゃっていました。受け入れて、どうやって前向きに生きていくか。今回のコロナ禍も同じで、現実を受け入れ、それをどう乗り越えていくかが大事なんだと思います。
伊藤: 髙橋さんは「オリンピックは平和の祭典、パラリンピックは社会変革の祭典」とおっしゃっていますね。このコロナによって、リモートワークを進める企業が増えるなど、新たな生活様式が注目を集めています。さらに社会改革を進められる機会ということでしょうか?
髙橋: そうしなきゃもったいないと思っています。共生社会の実現が我々のビジョンです。しかし、私がJPSAに来たばかりの頃は「共生とはどういう意味でしょう?」と、よく聞かれるような状況でした。今は我々の努力も少しずつ実を結び、世の中の流れが変わりつつあると感じています。多様性、連帯、連携、共生といったキーワードが世の中に出てくるようになりました。それこそが我々の目指そうとしているもの。東京パラリンピックの1年延期を、我々が目指す共生社会実現へ向けての貴重な時間が増えたと捉えたいと思います。
【この1年を大事に】
伊藤: 「1年延びた」ことを「この1年が勝負」と捉えるのですね?
髙橋: そう感じますし、この1年を大事にしなければいけません。ある未来学者の言った「未来は予測するものではない。自らがつくるものだ」という言葉があります。コロナ後やパラリンピック後の未来がどうなるかは誰にもわかりません。だからこそ"自分たちで目指すべき未来をつくっていくんだ"という強い気持ちでいます。
二宮: 今年のジャパンパラ競技大会はコロナの影響で中止となりましたが、先日、来年2月からの開催を決めました。ゴールボールを2月、車いすラグビーを3月、陸上を4月、水泳を5月。毎月開催することの狙いは?
髙橋: 例年なら年間を通じ、5、6競技を開催していました。今年の大会が中止になったことで、今まで皆さんに盛り上げていただいたパラスポーツの気運が少し落ちてしまう恐れもある。だから、もう1度盛り上げてパラリンピック本番を迎えたい。それで毎月、大会を開きたいと思ったんです。また2月には、翌年に控える北京冬季パラリンピックの準備もあります。北京パラリンピックに向けた大会を2月か3月に開きたいとも考えています。
二宮: 東京大会が1年延期になったことばかりが話題になっていますが、2022年3月には北京冬季大会も開かれます。協会としては、冬のパラリンピックの準備も進めなければなりません。
髙橋: 夏の東京、冬の北京。日本と中国がお互いにコロナを乗り越えて、大会を成功させることができれば非常に価値のあることだと思いますね。
二宮: この短いスパンで夏季と冬季大会の開催に向けた準備も大変でしょう?
髙橋: 一番大変なのは選手です。それに選手を支えるという意味では、我々は大会の有無に関わらず、継続して関わっていきます。時限ではないことにむしろ、やりがいを感じていますね。我々はサスティナブル(持続可能)な組織。時代に合っていると言えるかもしれません。
二宮: パンデミックの終息が見通せない中、いろいろなシナリオを想定しなければいけませんね。
髙橋: とにかく今は、東京パラリンピックの成功に向け、全力を尽くします。そのためにやるべき項目がたくさんある。確かに、来年の大会の開催に向けて、世界的な新型コロナの収束状況など気がかりなこともありますが、今それを心配しても仕方ない。心配するぐらいだったら選手の活躍のために、何ができるかを追い求めたいと思っています。
(後編につづく)
<髙橋秀文(たかはし・ひでふみ)>
公益財団法人日本障がい者スポーツ協会(JPSA)常務理事・日本パラリンピック委員会(JPC)副委員長。1954年、東京都出身。1978年4月東京ガス株式会社入社。同社執行役員を経て、現在同社アドバイザー。2015年4月より現職。JPSAでは、東京パラリンピック推進本部長を兼務し、「全競技会場の満員」と「日本代表選手団の大活躍」に向け、尽力している。講演は年間60回実施。聴講者は1万人に及び、「愛情の反対は憎しみではなく、無関心である」(マザーテレサ)を踏まえ、パラスポーツへの興味・関心の高まりを訴求している。
(構成・杉浦泰介)