二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2020.07.30
後編 「共生社会実現の起爆剤」
~延期でも迷わぬ共生社会実現への道~(後編)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 髙橋さんは以前、「東京パラリンピック閉会式の翌朝に窓を開けた時、共生社会という新しい未来が広がっていたら素晴らしいなと思います」と、おっしゃっていました。それが東京パラリンピックのレガシーであると。
髙橋秀文: 今でもその気持ちは変わりません。と同時に、その時には「物心両面のバリアフリーが重要なレガシーとなる」とも申し上げました。物理的なバリアフリーとは段差がない、アクセスシビリティを高めることなどですが、心のバリアフリーとは、障がいのある人に対する偏見や思い込みを改め、特別視しないことです。障がいがあろうとなかろうと基本的人権を享有し、同じ社会を生きている。その心のバリアフリーに関しては、我々もパラスポーツの体験会などを通じ、前進している手応えがあります。
二宮清純: 具体的には?
髙橋: 体験会に参加した子どもたちは最初、パラアスリートを恐る恐る見ているところがありました。ところが時間が経つにつれ、どんどん前のめりになっていく。最後は選手たちに握手やサインを求め、「帰らないで」というリアクションに変わるんです。それを見ていて、世の中は変わっていくかもしれないと大きな可能性を感じます。
二宮: 慣れないから戸惑う。子どもの頃から、障がいのある人と触れ合う機会を設けることが重要ですね。
髙橋: そうなんです。だからこそ子どもたちに今、パラスポーツやパラアスリートの魅力を伝えていくことが大事だと思うんです。体験会後、子どもたちは家に帰り、家族にその様子を伝えてくれますからね。千葉で3日間行われた車いすラグビーの大会初日の金曜日、会場に男の子が1人でいるのを見かけました。私が「誰と来たの?」と話しかけてみると、「おじいちゃんと一緒に来た」という。その男の子は翌日にも会場に来ていて、今度は妹を誘って3人で観戦していました。私は日曜日も来るだろうと予想し、子ども2人分のお菓子を用意しました。すると次の日はお母さんと赤ちゃんも来ていたんです。リバースエデュケーション(逆向きの教育)という言葉があるように、子どもが大人を教育する。子どもが日本を変えていくんだと、つくづく感じますね。子どもをターゲットにしたファンづくりの大切さを実感しました。
二宮: パラアスリートを雇用する企業には、パラリンピックに出場できそうだ、メダルを獲れそうだからと採用した企業もあると聞いています。
髙橋: パラアスリートを採用し、社員みんなで応援することは、社員の一体感の醸成にも繋がると思います。その意味では我々もパラアスリートの魅力をもっとアピールしていかなければいけません。パラアスリートは苦難を乗り越えた強さに加え、工夫する能力に長けています。障がいがあることで、一見、実現が不可能に思えることがある。それを彼ら、彼女らは実現可能にするためにどうすべきか工夫を凝らすんです。競技はもちろんのこと生きていくために、日々、工夫している。トップアスリートともなれば、その工夫の勝負です。工夫の戦いに勝てなければ、メダルは獲れませんから。「できない理由」ではなく、常に「自分たちにできること」を工夫し、実行するパラアスリートは、社員としても大変魅力的だと思いますね。
【スポーツを楽しむ環境づくり】
伊藤: パラアスリートの中には、今年いっぱいの期限付きなどの契約社員の方もいます。
髙橋: 確かに東京パラリンピックをひとつの区切りとして契約している企業もあります。しかしパラアスリートを採用してから、いろいろなことに気が付いた企業もたくさんあるはずです。ある企業の社長からは「パラアスリートを採用して良かったよ」と言っていただきました。採用したパラアスリートの活躍が、社員のモチベーションアップに繋がっている、と。それはパラアスリートの求心力や影響力の大きさを採用した企業が感じているということです。最近では企業の方から「トップアスリートとなると競争が激しくなかなか採れない」「大学生の時から注目している」などという話も聞きますね。
二宮: そのためにJPSAにできることとは?
髙橋: 現在、JPSAには34社のオフィシャルパートナーがいます。様々な業界の方が集まり、その担当者の方とは定期的に話し合う場を設けています。通常の異業種交流では、参加者各々が自分なりの目的意識を持って参加しているので、真の意味でひとつになっているとは言いにくい。しかし我々は共生社会実現という同じ目標に向かって集まっている。我々はオフィシャルパートナーの皆さんとひとつになり、日本を変える起爆剤となりたいですね。
二宮: 一方、現場では「障がいのある人がスポーツをする機会と場所が少ない」という話も耳にします。例えば、車いす競技で体育館を使用したいと思っても「床にタイヤ痕がつく」との理由で断られることが多いそうです。
髙橋: おっしゃるようにその点は大きな課題です。第2期スポーツ基本計画では、週に1回スポーツをする障がいのある人を40%にしようとしています。昨年の調査では25%。まだまだ目標には届いていません。スポーツ基本法には、パラスポーツを推進することが明記されています。しかし現状は違う。体育館にしても法の上では使用を促進していても、施設を管理している方々が「NO」と言えば利用できないのが残念ながら現状です。我々も施設が使用できるよう訴えてきましたが、次の手立ても考えなければいけないと思っています。
二宮: 障がいのある人がスポーツを楽しめるような環境づくりも重要ですね。
髙橋: そうですね。まずは、障がいのある人が、いつでも、どこでも、誰でも、スポーツを楽しめる場所や機会の提供を受けられることが重要だと思います。またボッチャのように、重度障がいの方や高齢になって障がいを受けた方にとっても、気楽に取り組める競技を普及拡大していくことも大切なポイントだと考えています。さらには、一部の学校では障がいのある生徒が体育の授業を見学しているといった実態がありますが、障がいのある子どもたちがスポーツの楽しさに触れる環境づくりにも私たちは力を尽くしていきたいと思っています。
伊藤: これから、特に力を入れていきたいことはなんでしょうか?
髙橋: 障がいのある人は超高齢社会との親和性が高い。高齢者になると、何らかの障がいを持つ人が多くなりますし、車いすを利用する人も増えるかもしれません。パラスポーツの振興が超高齢社会に目を向け、一生涯のスポーツを考えるきっかけになるはずです。誰もがスポーツを楽しめる環境整備がいかに大事なことかを、これからも訴えていきます。そして我々のビジョンである共生社会実現に向け、邁進してまいります。
(おわり)
<髙橋秀文(たかはし・ひでふみ)>
公益財団法人日本障がい者スポーツ協会(JPSA)常務理事・日本パラリンピック委員会(JPC)副委員長。1954年、東京都出身。1978年4月東京ガス株式会社入社。同社執行役員を経て、現在同社アドバイザー。2015年4月より現職。JPSAでは、東京パラリンピック推進本部長を兼務し、「全競技会場の満員」と「日本代表選手団の大活躍」に向け、尽力している。講演は年間60回実施。聴講者は1万人に及び、「愛情の反対は憎しみではなく、無関心である」(マザーテレサ)を踏まえ、パラスポーツへの興味・関心の高まりを訴求している。
(構成・杉浦泰介)