二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2020.12.24
後編 「じゃあ一緒にやろうよ」の精神
~オリパラで"共走"するトライアスロン~(後編)
二宮清純: 日本トライアスロン連合のように、オリンピックのスポーツ競技団体とパラスポーツの競技団体が一つの組織となっているケースは珍しい。情報を共有しやすいなど、メリットがあります。
富川理充: パラリンピック対策チームリーダーを務める私としても、すごくやりやすいですね。パラトライアスロンとトライアスロンの選手が一緒にトレーニングを行うこともあります。最近はオリンピックを目指す次世代の若手が、パラトライアスロンの選手の練習パートナーとして合宿に参加してくれることもあるんです。強化を図る上で非常に助かっていますね。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 競技団体が分かれていると、そう簡単にはいきませんよね。
富川: そうですね。私たちが次世代選手を練習パートナーとして招聘するのは競技力が高いからです。ただ、こちらが一方的に協力してもらうのではなく、参加した次世代選手の成長にもつながるようにならなくてはと思っています。障がいのためにどうしても差がみられることはありますが、パラリンピックを目指すのもオリンピックを目指すのも変わりありません。お互いが高い意識を持って切磋琢磨できるような環境づくりを心掛けています。パラトライアスロンでは仕事と両立させながら競技に取り組んでいる選手もおり、その中で競技に真摯に向き合っている姿を見たり、経験談を聞いたりすることで学べることもある。将来的にその次世代選手がガイド(※)やスタッフとしてパラトライアスロンに関わってくれるようになれば、うれしいですね。
(※)視覚に障がいのある選手とレースを通して伴走し、安全にコースへ導く人。
伊藤: 実際にトライアスロンのオリンピックメダリストが、パラトライアスロンのガイドを務めることもあります。そもそもトライアスロンとパラトライアスロンの競技団体は、なぜ最初から一緒だったんですか?
富川: 世界的にもトライアスロンとパラトライアスロンを"別物"と考える感覚がそもそもなかったんです。元々、トライアスロンはスイム(水泳)、バイク(自転車)、ラン(ランニング)と複数の種目が合わさった多様性のスポーツ。障がいのある人がトライアスロンに挑戦しようとした時、"じゃあ一緒にやろうよ"と自然に受け入れる感覚が国際トライアスロン連合の中にはあるんです。だから私たちもそれが当たり前のことだと考えています。
【台場は安全】
二宮: さて今年の夏に予定されていた東京オリンピック・パラリンピックは新型コロナウイルス感染拡大の影響により、1年の延期となりました。コロナ禍により今年はほとんど練習できなかったと思います。富川さんとしては選手強化の計画が相当狂ったんじゃないですか?
富川: はい。合宿を再開できるようになった時、スイムの面で選手にブランクを感じました。ランとバイクは1人でロードに出れば練習できますが、スイムに関しては施設の閉鎖等で2カ月間程度全く泳げていなかった選手もいます。ただ、東京パラリンピックに向けては、これまでの積み重ねの延長でやるべきことをやるだけであまり心配していません。私が危惧するのは、むしろ東京大会の後です。東京大会を区切りに現役を辞める選手もいます。通常、パラリンピックは4年ごとに行われますが、パリ大会は東京大会の3年後です。その3年間でどれだけ選手を育てられるかが大きな課題になると思います。
二宮: 東京大会で懸念されていることと言えば、水質の問題です。昨年のテストイベントで、オリンピック・パラリンピックのトライアスロン会場となる台場の「水が汚い」という報道がありました。
富川: テストイベントの時は、低気圧による雨と風、そして大潮により、結果としてスイム環境が不適と判断され、スイムは中止となりました。本番では実証実験済みの菌を遮断するポリエステル製のスクリーンを三重に設けることで水の汚染を防ぐと聞いています。
二宮: 対策はバッチリですね。
富川: もちろんです。それに何かあれば、昨年のテストイベント同様に無理に泳がされることはありません。大会運営者が大会当日の気温、湿度、水温、水質などの基準の中で「安全に競技を行えない」と判断すれば、スイムをやめてランとバイクのデュアスロン(2種目で争う競技)に変更するなど臨機応変な措置が取られます。
伊藤: 自然を相手にしていますから、いろいろなことに対応できなければいけません。
富川: 実際、昨年のテストイベントでも「スイムはキャンセルし、デュアスロンにする」と競技変更をされた時も選手たちはすぐに対応できました。おっしゃるように自然を相手にしていますから、しょうがないことだと割り切ることも大事です。
伊藤: 来年は東京パラリンピックの開催が予定されています。今後の目標をお聞かせください。
富川: 選手には、1人でも多くの方に応援される魅力的なアスリートであってもらいたいと思っています。ファンが増えないと、競技の発展、継続は望めないと思っています。特に自国開催のパラリンピックが終わると、競技から離れていく人も出てくるかもしれません。ファンがたくさんいる競技であれば、そんなことは起きないはずです。だからファンを増やすためにも、東京パラリンピックでのメダル獲得はとても大事なことなのかもしれません。実力でも認められ、応援したくなる選手がたくさん出てくれば、自然と競技は盛り上がる。私自身がお世話になった競技に恩返しをするという意味でも、多くの選手が国際大会で活躍できるよう、来年以降も常に準備をしていたいと思います。
(おわり)
<富川理充(とみかわ・まさみつ)>
公益社団法人日本トライアスロン連合パラリンピック対策チームリーダー。1972年、茨城県出身。2008年に博士(体育科学)を筑波大学にて取得。2011年、専修大学商学部へ入職。同年、日本トライアスロン連合(JTU)の情報戦略・医科学委員に就任し、レース分析やトライアスロンスイムの研究を進めた。2012年よりJTUパラリンピック対策チーム(当時・パラリンピック対策プロジェクト)のリーダーに就き、日本のパラトライアスロンの牽引役を担っている。2015年には専修大学でトライアスロンクラブを創部。アジアトライアスロン同盟のパラトライアスリート委員会副委員長に就任した。2016年より国際トライアスロン連合のパラトライアスロン委員に就き、現在2期目を迎えている。
(構成・杉浦泰介)