二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2021.02.12
前編 本気度示しコミュニケーション
~混じり合う社会へ。作品に込めたメッセージ~(前編)
映画監督の中村和彦氏は、これまでに3本の障がい者サッカーのドキュメンタリー映画を制作してきた。デフ(ろう者)サッカー女子日本代表を題材にした『アイ・コンタクト もう1つのなでしこジャパン ろう者女子サッカー』を撮影した際には手話の習得に励み、電動車椅子サッカーの選手を描いた『蹴る』では介護職員初任者研修を受講した。それは取材対象者を深く理解するためだ。その中村監督が作品を通して伝えたいこととは――。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長: 障がい者サッカーを題材にしたドキュメンタリー映画3本を制作されましたが、そもそも障がい者サッカーに関わるようになったきっかけは?
中村和彦: 私はフィクション映画の制作から映画業界の仕事を始めました。単なるサッカー好きだったのですが、2002年に日韓W杯が開催された際、"もうひとつのW杯"と呼ばれる知的障がい者サッカーの世界大会INAS-FIDサッカー世界選手権も日本で行われていたことを知り、試合を観に行ったことが最初の出会いでした。その4年後、ドイツ大会開催のタイミングに合わせて、「ドキュメンタリー映画を撮ろう」と、あるプロデューサーに提案したことがきっかけで、1作目の『プライドinブルー』の制作がスタートしたんです。
二宮清純: 最初の出会いとなった2002年のW杯を観た時の印象は?
中村: 日本代表とオランダ代表の試合を観に行きました。元々、私はオランダ代表のサッカーが好きでした。知的障がい者サッカーでもオランダは伝統の4-3-3のフォーメーションを敷いていました。戦い方もユニホームも同じだったのが印象的でした。
二宮: アルゼンチンやブラジルなどサッカー強国は、だいたい同じユニホームだと聞いたことがあります。オランダはサッカースタイルが同じというのも興味深いですね。
中村: 実にオランダらしいサッカーをしていましたね。個人技に優れたウイングの選手がいて、攻撃的なサッカーを展開する。それがとても魅力的でしたね。
二宮: 同じスタイルというのは、何か理由があるのでしょうか?
中村: 日本は知的障がい者サッカーのチームに所属している選手がほとんどですが、ヨーロッパの選手は、障がいの有無に関わらず地元のクラブチームに所属していることも影響しているのかもしれません。『プライドinブルー』の撮影ではドイツにも行きましたが、サッカーがまちに根付いている。サッカーを通じて混じり合うことが当たり前という土壌があるように感じました。
【「軽度だからこそ悩み苦しむ」】
伊藤: 『プライドinブルー』は『ライン』というタイトル案もあったそうですね。
中村: 『ライン』というタイトルには障がいの有無で線を引けるのか、との問いかけの意味も込めていました。分断のラインではなく、人と人をつなぐラインにもなるのではないか。例えば私と選手たちはサッカーを通してつながることができると感じました。インタビューをしていて、私が理屈っぽくなり、思いが伝わらず空回りすることもありました。その時はインタビューを中断し、一緒にボールを蹴ることでコミュニケーションを図ったんです。
伊藤: 線引きというのは難しく、見た目だけでは判断しにくい障がいもありますからね。
中村: おっしゃる通りです。例えば軽度の障がいだと、その人の大変さが理解されにくい。いろいろと話を聞くうちに、軽度だからこそ悩み苦しむこともあるのだと知りました。どちらが大変という言い方はそもそも成立しないんです。
二宮: 「軽度だからこそ悩み苦しむ」というのは非常に重い言葉ですね。中村さんが障がい者サッカーの選手と触れ合ってきたからこそ、知り得たことかもしれません。人それぞれの苦労がありますし、何をもって大変と捉えるかも違うんでしょうね。
中村: それはデフ(ろう者)サッカー女子日本代表を追いかけた『アイ・コンタクト』でも感じましたね。聴覚に障がいのある人の中には、全く聞こえない人と聞こえにくい人がいます。聞こえない人には筆談で話したりする配慮があっても、聞こえにくい人に対しては、大きな声で話せば聞こえるだろうと思われたり、障がいに気付かれない場合もあります。その意味ではどちらが大変とも言い切れないと思います。
伊藤: 『アイ・コンタクト』を撮影した際には手話を勉強したと伺いました。
中村: 最初は何もわからない状態からのスタートでした。まさに"無知の知"。選手たちの基本的な共通言語は手話。私自身ができるようになるのが一番と思い、手話の勉強を始めました。頑張っている姿、理解しようとしている姿など私の本気度を見てもらったことで、選手たちも心を開いてくれました。映画完成後には日常会話を交わせるようになりましたが、残念ながら撮影中は全然モノにできませんでしたね。
伊藤: デフサッカーの選手に限らず、聴覚に障がいのある人の中には手話が苦手な人もいれば、手話なしで生活している人もいますからね。
中村: それは学校生活をどう送ってきたか。言語を獲得してきたルートによって、全く違ってきますね。ろう学校に通ってきた人は、友人や先輩を通じて手話を身につける。一方で、聴者(聞える人)と学校生活を送ってきた場合は、手話を学ぶ機会があまりない。それは撮影を進めていくうちに段々と分かっていったことです。実際に話しをし、一緒の時間を過ごすことでしかわからないことはたくさんあると思います。
(後編につづく)
<中村和彦(なかむら・かずひこ)>
映画監督。1960年、福岡県出身。早稲田大学在学中に助監督を経験し、映画の道に進む。池田敏春氏、森安建雄氏、細野辰興氏、望月六郎氏、石井隆氏などの助監督につく。2002年に『棒-Bastoni-』で劇場用映画監督デビューを果たす。その後、サッカー日本代表のオフィシャルDVDのディレクターを担当。2007年には知的障がい者サッカー日本代表チームのドキュメンタリー映画『プライドinブルー』を発表し、文化庁映画賞優秀賞を受賞した。2010年には、デフ(ろう者)サッカー女子日本代表を題材にした『アイ・コンタクト もう1つのなでしこジャパン ろう者女子サッカー』が劇場公開。第27回山路ふみ子映画福祉賞を受賞した。2019年、電動車椅子サッカーの選手たちを描いた『蹴る』を公開した。趣味はサッカー。好きなチームはオランダ代表。
(構成・杉浦泰介)