二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2021.02.25
後編 障がいに対する真の理解が必要
~混じり合う社会へ。作品に込めたメッセージ~(後編)
二宮清純: 障がい者サッカー作品3作目となったのが、電動車椅子サッカーを題材にした『蹴る』です。電動車椅子サッカーは比較的重度の障がいがある選手がプレーしていることが特徴ですね。『蹴る』を制作するきっかけは?
中村和彦: 2011年に電動車椅子サッカー日本代表と関東選抜チームの試合を観に行ったことがきっかけでした。その試合で関東選抜の永岡真理さんのプレーを初めて見て、電動車椅子サッカーに興味を抱きました。彼女のプレーや表情には、勝負への強い意志、サッカーにかける情熱、アスリートとしての輝きが宿っているように感じたんです。彼女が2015年のW杯(のちに2017年に延期)にチャレンジする姿を撮りたい、と思い、『蹴る』の制作がスタートしました。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 永岡さんには「W杯に行きたい」と夢を持ち、プレーされています。医師から「競技を止めたほうがいい」という声もあるのでしょうか?
中村: 意見はいろいろありますね。反対する医師もいたそうですが、サポートする医師の後押しがあったからこそ、高いレベルでプレーできた選手もいます。例えば、就寝時だけ呼吸器を付けていた選手が、代表チームドクターの「24時間呼吸器を付けたほうが、体にもいいし、プレーにも好影響」というアドバイスとサポートを受けました。2人の選手(東武範、吉沢祐輔)が人工呼吸器を付けW杯に出場し活躍しました。また、電動車椅子サッカーをプレーすることによる肉体的負荷は、筋力トレーニングにつながるので、認めざるを得ないということもありますね。
伊藤: 中村さんはドキュメンタリー作品を撮る上で、取材対象者の日常に入っていく努力をされてきました。デフ(ろう者)サッカーの女子日本代表を追いかけた『アイ・コンタクト もう1つのなでしこジャパン ろう者女子サッカー』を撮った時には手話を勉強したとおっしゃっていました。今回、『蹴る』の撮影にあたっては介護職員初任者研修を受けたそうですね。
中村: そうですね。どうせ勉強するなら資格を取得した方がいいと考えました。資格を取得後、実際に介護の仕事も経験しました。電動車椅子サッカーの選手ではないですが、障がい者の体に触れることで、筋ジストロフィーの人の筋肉を実感できたり、"脳性まひの人は筋緊張があり、こんなに硬くなっているんだ"といった具合に、わかったことがたくさんあったんです。また介護の仕事をやったことで、選手たちからの信頼感が増しました。『蹴る』の中で、ある選手の入浴シーンがありますが、あれは私が介助の経験があったことで撮らせてくれたんです。私が障がいや介助について学んだことが、あのシーンにつながったのだと思います。
二宮: 選手の性格にもよるのでしょうが、心を許してくれるまでには時間がかかるのでは?
中村: 元々は4年計画で始めましたが、電動車椅子のサッカーW杯開催が2年延びたことで、完成まで6年以上かかりました。制作期間が長くなったことで、資金的に大変な面もありましたが、選手との距離を縮める時間が増えた部分もありました。
【個性や多様性を尊重】
二宮: 作品上映後の反応は?
中村: プレー中に選手が転倒する場面があるのですが、「こんな危ないスポーツをやらせていいのか」と。上映時には「今は、専用マシーンも開発され、転倒はほぼありません」と補足するようにしていますが、インパクトの強いシーンだったので、いろいろな反応がありましたね。
伊藤: 私が電動車椅子サッカーの全国大会をインターネット中継した際には、「障がい者にそんなことをさせていいのか」と言われました。
中村: 選手が望んでプレーしていても、それを理解できない人もいますよね。受け止め方は人それぞれですから。『蹴る』を公開してからは、いろいろな意見をいただきました。「障がい者がリハビリのためにやっている程度の緩い感じかと思っていましたが、映画を観て、度肝を抜かれました。あっという間の2時間でした」といったポジティブな感想が多かった。
二宮: これまで中村さんは障がい者サッカーをテーマに3作の映画を制作してきました。2016年に障がい者サッカー7競技団体を統括する団体として、日本障がい者サッカー連盟が設立されました。3競技に関わってきた中村さんから見て、連盟成立以降、競技環境の変化を感じることはありますか?
中村: それはめちゃくちゃ感じています。日本障がい者サッカー連盟ができるまでは、競技に関心がある人が決して多いとは言えなかった。連盟が設立され、競技団体間のつながりが深まったことで、これまでよりも認知度が高まり、前進していると感じます。過去に知的障がいサッカーとデフ(ろう者)のサッカーに関わった後で「試合をしませんか?」と両団体に話を持ちかけたことがありましたが、なかなか開催には至らなかった。当時はまだ競技間でつながろうという意識が薄かったんです。連盟が立ち上がる1年ほど前に、初めて代表同士の試合ができた。ようやく横のつながりが生まれたと実感しています。
二宮: 障がい者サッカーに関わってきたことで、気付いた社会課題はありますか?
中村: まだまだ障がい者について、知られていない部分がたくさんあります。いや、ただ知られていないだけじゃなく、簡単に理解した気になっている人もいます。
二宮: それぞれの人が、抱えている悩みや苦労は違いますもんね。
中村: そうですね。多様性を理解するというか、いろいろな人間がいることをちゃんと知るべきです。いろいろな障がい者がいるにも関わらず、大きな括りで捉えてしまい、安易に障がい者を理解したと思い込んでしまわないかと心配です。障がいをきちんと理解することで見えてくるものがたくさんあります。それを知ることが様々な人々が混ざり合う社会のために必要なのだと考えています。
(おわり)
<中村和彦(なかむら・かずひこ)>
映画監督。1960年、福岡県出身。早稲田大学在学中に助監督を経験し、映画の道に進む。池田敏春氏、森安建雄氏、細野辰興氏、望月六郎氏、石井隆氏などの助監督につく。2002年に『棒-Bastoni-』で劇場用映画監督デビューを果たす。その後、サッカー日本代表のオフィシャルDVDのディレクターを担当。2007年には知的障がい者サッカー日本代表チームのドキュメンタリー映画『プライドinブルー』を発表し、文化庁映画賞優秀賞を受賞した。2010年には、デフ(ろう者)サッカー女子日本代表を題材にした『アイ・コンタクト もう1つのなでしこジャパン ろう者女子サッカー』が劇場公開。第27回山路ふみ子映画福祉賞を受賞した。2019年、電動車椅子サッカーの選手たちを描いた『蹴る』を公開した。趣味はサッカー。好きなチームはオランダ代表。
(構成・杉浦泰介)