二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2021.04.08
前編 "遊び場"はバリアがあったほうがいい
~パラスポーツで拓く子どもたちの未来~(前編)
一般社団法人日本車いすスポーツ協会(クルスポ)は共生社会を目指し、車いすスポーツの推進活動を行っている。代表理事を務める坂口剛氏は、2009年に浦安ジュニア車いすテニスクラブ(現・車いすスポーツクラブ ウラテク)を創設するなど、障がいのある子どもたちに様々なスポーツや遊びの場を提供し、<豊かな感性を育み、様々な能力を身につけてほしい>という思いで環境づくりに尽力してきた。坂口氏にパラスポーツの現状について訊いた。
※取材は3月26日にWEBインタビューで実施
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 坂口さんとは10年近くパラスポーツを通じて、お付き合いさせていただいています。長男の竜太郎くんは、車いすテニスプレーヤーとしてジュニア日本一に輝くなど活躍しています。
坂口剛: 私がパラスポーツに関わるようになったきっかけは、長男の竜太郎が2006年に交通事故に遭い、胸椎損傷というケガを負って車いす生活になったからです。当時、竜太郎は2歳。その年齢での前例が少ないケガで、国内ではリハビリを受け入れてくれる施設がありませんでした。そのため交通事故から4カ月後に渡米し、サンディエゴのリハビリセンターで3カ月過ごしました。
二宮清純: なぜサンディエゴだったのでしょうか?
坂口: 息子がもう一度歩けるようになることを目指し、そのためのリハビリ施設を探していましたが、日本では見つからなかった。そこで国外の施設を探したところ、サンディエゴのリハビリセンターなら受け入れてもらえることがわかったんです。サンディエゴはまちの人たちも大らかで、とても暮らしやすかった。"第二の故郷"だと思っていて、機会があれば、もう一度住みたいくらいです。
伊藤: 日本に帰国した後、竜太郎くんは2008年北京パラリンピックで金メダルを獲得した国枝慎吾選手に憧れて車いすテニスを始めたそうですね。
坂口: はい。自宅で息子が、男子シングルスでメダルを獲った国枝さんと齋田(悟司)さんのニュースを見ていました。息子が「車いすに乗ってボールを打っている」と言っていたので、車いすテニスだったはずです。
伊藤: 坂口さんはテニス経験がなく、竜太郎くんと一緒に競技を始めたそうですね。
坂口: そうです。テニスならば、車いすに乗って私とボールを打ち合うこともできる。車いすテニスは比較的始めやすい競技ですし、パラスポーツの"入門編"としてもオススメですね。
二宮: 競技力向上には車いすを操作するチェアワークを磨くのはもちろんのこと、ラケットを持つ握力も重要になります。競技の練習がケガのリハビリにもつながったのでは?
坂口: その通りだと思います。車いすテニス以外のパラスポーツでもリハビリ効果は期待できると思います。ただ子どもたちに「リハビリ」と言っても、楽しくは感じられない。だったら外で遊んだ方が絶対にいい。小さい子どもたちにとってはテニスに限らず、公園で走りまわったり、ボールを投げたりして遊ぶのがいいと思います。
【個性を尊重し合える世の中に】
二宮: 確かに「リハビリ」と言うと"苦しい事にも耐えろ""歯をくいしばれ"といったイメージがある。私も交通事故に遭ったことがあり、リハビリが"嫌だな"と思ったことがあります。スポーツを楽しみ、結果としてリハビリにもなる。それが理想ですね。
伊藤: 子どもたちにとっては遊ぶことが大事。しかし、子どもたちの遊び場である公園は、車いす利用者が遊びづらい状況にありますね。
坂口: 私も公園でつらい思いをしたことがあります。息子が公園で遊んでいると管理人さんに「危ないから遊んではダメだ」と注意されることも多かった。それ以上につらいのが、他で遊んでいる保護者たちの視線でした。「近付いてはダメ」「見てはダメ」。そんなささやき声が聞こえてくることがあり、親としても精神的に堪えます。それも障がいのある子どもの"公園離れ"の一因です。"障がい"に対する理解を深め、社会を変えていかなければいけないと思っています。
二宮: 公園について、ハード面でここは改善した方がいいと思うことはありますか?
坂口: 公園の遊具が危ないからという理由で、どんどんなくなっていく傾向にあります。私は公園がバリアだらけでもいいと考えています。何もない公園より、障害物がたくさんある公園の方が、かくれんぼなどの別の遊びもしやすい。木があれば木登りだってできます。子どもたちにとって、何もない公園では遊びにくく、楽しめないと思うんです。
二宮: 確かに遊具がいろいろあった方が、隠れることができ、缶蹴りなどいろいろな遊び方ができます。子どもたちが遊具を工夫して使い、楽しむ。遊びから学ぶことだってあるはずですよね。とはいえ、公園の中はバリアがあった方がいいという考えは目から鱗でした。
坂口: 遊具に関してはそうですね。唯一、バリアをなくしてほしい場所は公衆トイレ。トイレが車いす利用者の動線を考えて造られていないことがあります。入り口やトイレの中が車いすで動けるだけのスペースが確保されていない場合があるんです。
伊藤: そういった現状を変えるためにも、2017年に日本車いすスポーツ協会を設立されました。"障がい"についての理解を深めるための研修会や体験会を開催しているわけですね。
坂口: イベントや講演などで、私の思いを伝えさせていただいています。私は多数派の意見を全て優先させるような"数の力"に疑問に感じています。息子もそうですが、世界でたった数例しかない障がいのある子どもたちもいる。その子たちの声は人数で見れば少数派ですから、どうしても世の中に届きにくい。障がいを個性ととらえ尊重する世の中に、少しでも社会が変わるように日本車いすスポーツ協会を立ち上げました。
(後編につづく)
<坂口剛(さかぐち・つよし)>
一般社団法人日本車いすスポーツ協会代表理事。1975年、福岡県出身。2006年、長男が交通事故に遭い、車いす生活になったことを機に、車いす利用者に環境のいい土地に移り住む。2009年に浦安ジュニア車いすテニスクラブ(現・車いすスポーツクラブ ウラテク)を創設。パラスポーツ参加を推進すべく、さまざまな活動に関わる。2017年には日本車いすスポーツ協会を立ち上げた。好きなスポーツは、かつてサッカーとゴルフだったが、今はテニス。
(構成・杉浦泰介)