二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2021.05.13
前編 国際手話が世界をひとつに!?
~人と人とを繋げるデフスポーツの可能性~(前編)
ケイアイスター不動産株式会社に勤める山本典城氏は、デフ(ろう者)フットサル女子日本代表監督でもある。2023年にブラジルで開催されるデフフットサルW杯優勝を目指しつつ、同社ではパラスポーツの認知向上に尽力している。強化と普及の両面に携わる山本監督に、デフフットサルの魅力やパラアスリート雇用の新しいかたちについて訊いた。
二宮清純: デフフットサルは聴覚に障がいのある人が行うフットサルです。ルールはフットサルと同じなのでしょうか?
山本典城: 基本的なルールは同じです。使用するボールやコートの大きさも変わりがなく、唯一違うのは笛の音が聞こえない選手たちのために審判がフラッグ(旗)を持っているところだけです。デフフットサルは競技中、補聴器を外すことが義務付けられているため、プレー中はアイコンコンタクトや手話でコミュニケーションを取ります。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): パラスポーツに関わることになった経緯をお聞かせください。
山本: フットサル選手として引退した後、2011年東日本大震災のチャリティーイベントに参加する機会があり、そこでデフフットサルとデフサッカーに関わっている方々と交流を持ったんです。ちょうど日本ろう者サッカー協会が新しいデフフットサル女子日本代表監督を探していたらしく、私のフットサル選手としてのキャリアを知り、声を掛けていただいたのがきっかけです。
二宮: それまで指導者としての経験は?
山本: フットサルスクールなどでの指導経験はありましたが、チームの監督という経験はまったくなかったです。いきなり日の丸を背負うことに対する不安もありました。それに障がいのある人たちと密に交流を持ったことがなかった。正直、監督のオファーをいただいてから半年迷いましたね。
伊藤: 今年で監督就任8年目を迎えます。指導する上で感じたフットサルとデフフットサルとの違いは?
山本: 戦術的な部分でのアプローチは変わりありませんが、やはり選手たちとのコミュニケーションでとても苦労しました。私自身、手話を習得していたわけではなかったので、当時を振り返ると、孤独を感じることも多かったですね。合宿の食事中、選手たちがご飯を食べながら楽しそうに手話で話している。でも、その内容が僕には分からない。コミュニケーションを取らないといけない立場ではありましたし、それができないもどかしさと寂しさを感じました。
二宮: コート外のコミュニケーションも大事ですよね。それができないとなると気苦労も多かったでしょう?
山本: はい。自分では気付いていなかったんですが、ストレスを感じていたんでしょうね。監督就任から半年ぐらい経った時に、妻に「円形脱毛症になっているよ」と言われました。私はもっと選手たちのことを知りたいと思い、手話の勉強を始め、1年ぐらいで基本的なことはできるようになりました。もう8年目になるので、選手たちは私の性格を理解してくれているし、コミュニケーションでストレスを感じることはなく、私独自の手話もつくり、選手も理解してくれるようになりました。
【競技間を行き来できる魅力】
二宮: 試合中、手話を使うと対戦相手に手の内がバレてしまうリスクがありますよね。独自の手話を用いるとおっしゃいましたが、チーム内の記号、サインを使えば相手はこちらの作戦が読めません。
山本: そうですね。日本の選手たちが使う日本手話と海外のチームが使う手話は違うものです。細かく言えば、ヨーロッパの国は世界共通の国際手話が多いですが、アジアは国によって手話が違ったりします。戦術的な観点で言うと、私独自の手話と日本手話を組み合わせれば海外のチームのほとんどは読みとれません。試合中に作戦が筒抜けになるリスクは低いと思います。
二宮: 日本は超高齢社会を迎えています。年齢を重ねていけば耳が遠くなる人も増えていく。例えば小中学校などで手話を学ぶ機会があれば、コミュニケーションツールとして有効ですよね。
伊藤: 世界共通の国際手話を学べば、聴覚障がいのある海外の人とのコミュニケーションにも使えます。また、このコロナ禍においてはマスクで口の動きが読み取れなくても手話であれば、コミュニケーションが取れます。
山本: ソーシャル・ディスタンスを守りながら会話ができますからね。手話を使えるようになれば、コミュニケーションを取れる相手が増える。手話は世界共通のコミュニケーションツールになり得ると思います。
伊藤: サッカーが強い国は障がい者サッカーも強い傾向があります。フットサルもそうでしょうか?
山本: フットサルの世界もその傾向になりつつありますね。2019年スイスW杯ではブラジルが優勝しました。サッカー、フットサルが強い国が、障がい者サッカーを含めた競技をフットボールのひとつとしてまとめて強化してきたことで、結果を出してきました。
二宮: デフフットサルとフットサルのチーム間で選手の行き来があると伺いました。
山本: 日本でも現在の代表選手の半分はフットサルチームでプレーしています。デフフットサルとデフサッカーを掛け持ちする選手もしますし、デフサッカーとサッカーの行き来もあります。W杯で優勝したデフフットサルブラジル代表のメンバーがプロサッカーチームと契約したケースもあります。フットサルやサッカーは耳が聞こえる人、聞こえない人との壁を取り除き、みんなが楽しめる。私たち日本代表がデフフットサルで結果を残すことで、たくさんの方にデフスポーツの魅力とその可能性を伝えていきたいと考えています。
(後編につづく)
<山本典城(やまもと・よしき)>
デフフットサル女子日本代表監督。1975年11月9日、奈良県出身。サッカー、フットサル選手としてのキャリアを経て、2013年からデフフットサル女子日本代表監督に就任。2015年からの2年間はフットサルのバルドラール浦安ラス・ボニータス監督も兼任した。デフフットサルの指導者としては2015年タイW杯で6位、2019年スイスW杯で5位と、日本を過去最高成績に導いた実績を持つ。2020年4月よりケイアイスター不動産株式会社に入社。戦略開発本部PR課に勤務し、同社所属のパラアスリート集団「ケイアイチャレンジドアスリートチーム」のマネジメント業務などを行っている。
ケイアイスター不動産株式会社HP
(構成・杉浦泰介)