二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2021.08.12
前編 負のイメージを払拭
~eスポーツが創出する新しい文化~(前編)
株式会社NTTe-Sportsは<新しい文化・社会の創造と地域活性化>をミッションに掲げ、<eスポーツの新しい価値や体験を創造>を目指し、eスポーツ施設事業、地域の活性化コンサル事業などを手掛けている。eスポーツ業界では"かげっち"として知られる同社の影澤潤一代表取締役副社長に、eスポーツの未来、その可能性について訊いた。
二宮清純: 先月行われた東京オリンピック開会式の入場行進のBGMには「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」など人気ゲームの音楽が使用されました。ゲーム音楽を使用するのは画期的でした。
影澤潤一: リオデジャネイロオリンピックの閉会式では、安倍晋三前首相が人気ゲームキャラクターの「スーパーマリオ」に扮して登場しました。ゲームが日本のカルチャーとして確立した感がありますね。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): それだけ世界中の人々が、日本のゲームをご存知だったということでしょうか?
影澤: はい。実は日本のゲームは国内よりも海外からの評価の方が高いんです。海外で「〇〇というゲームに携わったんだ」と言うと、すごく尊敬されるという話を聞きました。その点からもゲームやeスポーツに対する理解が海外では進んでいる気がします。
伊藤: 東日本電信電話(NTT東日本)株式会社らは昨年1月、株式会社NTTe-Sportsを設立しました。新会社の代表取締役副社長に就いた影澤さんは、元々eスポーツプレイヤー、そしてゲームイベントのオーガナイザーをされていたと伺いました。
影澤: そうなんです。私は子供の頃からゲームが好きでした。大学に入った1998年は、日本でインターネットが普及し始めたばかり。オンラインで人と繋がり、国内のみならず世界の人たちと好きなゲームを通じて交流を深めることができた。大学院修了後、ゲーム仲間を広げることに繋がった通信の世界で活躍したいと思い、NTT東日本に入社しました。社業に勤しむ一方、趣味でゲーム大会や動画配信、選手の育成などの活動をしていました。
二宮: では副社長就任も自然な流れだった、と?
影澤: 2017年頃から、会社で携わっていたのが、世の中のトレンドをNTT東日本の事業にどう結びつけるかを検討する部署でした。そのトレンドの中に「eスポーツ」というキーワードも入っていました。ただ私個人のゲーム界での活動は会社に話していませんでした。ゲームを仕事にする気はなく、社内で「eスポーツを盛り上げていく」と話があがった時にも、とぼけていたんです。しかし、インターネットのとある配信番組に私が出演していた記事を会社の者に見られ、ゲーマーであることがバレてしまった(笑)。その後社内の幹部と一緒にeスポーツイベントの視察に行った際には、多くの人から"かげっちさん"と声を掛けられ、結構名が知られていることが明らかになった。それで会社は「eスポーツ」の新事業を立ち上げるリーダーに私が適任と考えたんです。
【重要な発信拠点】
二宮: 好きなことが仕事になり、eスポーツへの向き合い方も変わりましたか?
影澤: 変わりましたね。好きなことでお金を稼げる幸福感もありますが、つらいこともないわけじゃない。ただ、個人や友だち同士でやっていた時と比べ、会社として進めていくことで規模はかなり大きくなりました。それまではローカルにとどまっていたことも、全国展開できるようになった。質と規模両面が広がったことに手応えを感じていますね。
伊藤: NTTグループという大企業がeスポーツに関わったことで、世の中のゲームに対するイメージも変わっていく気がします。
影澤: そうですね。「ゲームばかりしているとろくな大人にならない」といった負のイメージを払拭することが、我々の役割の一つだと思っています。同じことばかりに夢中になっていたら、他のことが疎かになるというのは、どのスポーツにも当てはまることです。むしろeスポーツは他のことが見えなくなるほど、夢中になれるものと言うこともできる。今後はゲームとの上手な付き合い方を子供たちに教えていきながら、大人たちにも競技に対する正しい認識を伝えていくことが大事なことだと思っています。
伊藤: 海外のeスポーツ大会で高額の賞金を獲得するトッププレイヤーのニュースを見て、プロに憧れる子供たちもいるかもしれませんが、競技普及のためにはそれが全てではありません。草の根の活動も大事になさっていますよね。
影澤: はい。プロになることや賞金を手にすることなど目標となるものは必要ですが、それだけを追求しても裾野は広がらない。学生時代に野球でプロを目指していた人も夢を諦め、会社の同僚や友人と草野球を楽しむ生活もありますよね。リアルなスポーツでやっている営みを、eスポーツに置きかえることもできる。プロになれなかったら、ゲームとの付き合いが終わるわけではないんです。だから我々は、何歳になっても、胸を張って「ゲームが好きです」と言えるような環境づくりをしていきたいと考えています。
二宮: 今回お邪魔している「eXeField Akiba」は、昨年8月に秋葉原の商業施設UDX4階にオープンしたeスポーツを楽しめる交流施設です。ゲームセンターというと、いまだに不良の溜まり場と捉える方も少なくない。しかし、ここはガラス張りで外からも中の様子が窺えます。カフェも併設されていて、明るい雰囲気もあり、立ち寄りやすい感じがします。
影澤: ありがとうございます。ここはゲームに対するネガティブなイメージの払拭とポジティブな部分をアピールする重要な拠点となります。プレイヤーだけじゃなく、eスポーツを観るのが好きな人も楽しめる場所にしたいと思っています。ここで「eスポーツを楽しむ文化」を醸成したい。eスポーツの魅力を私たちだけが情報発信するのではなく、「eXeField Akiba」を使っていろいろな方々たちと一緒に発信していく。その積み重ねで、少しずつ風土、文化が変わっていけばいいかなと思っています。
伊藤: このようなランドマーク的な施設がコミュニケーションを図る格好の場になりますね。
影澤: おっしゃる通りです。ふらっと近くに寄った方が来てくださることもあります。プロチームがファンミーティングをする交流の場にも使用できる。私たちがeスポーツ施設運営を成功させ、その技術や方式を確立することで、他のスポーツやエンターテインメントにも応用できるはずです。また同じようなことをやろうと考えている企業には、私たちが貯めてきた知見を、コンサルタントとして提供することもできる。そのためにはまずはここから、eスポーツの魅力や可能性を最大限に発信していきたいと考えています。
(後編につづく)
<影澤潤一(かげさわ・じゅんいち)>
株式会社NTTe-Sports代表取締役副社長。1979年、東京都生まれ。2004年に筑波大学大学院理工学研究科を修了し、東日本電信電話株式会社(NTT東日本)に入社。サービス開発やNW運用などに従事する傍ら、20年以上前から格闘ゲームを中心としたコミュニティーイベントの企画などを手掛けてきた。その実績が買われ、NTT東日本のeスポーツ事業立ち上げのプロジェクトリーダーに就任。2020年1月に設立した株式会社NTTe-Sportsにてゲームを文化にする活動に尽力している。得意なスポーツは野球と水泳。ゲームは「ストリートファイター」シリーズ。
(構成・杉浦泰介)