二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2022.01.27
後編 誰もが活躍できる社会実現へ
~アートで生み出す多様なチカラ~(後編)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 磯村さんは一般社団法人シブヤフォントの共同代表の他にも、障がい者アートの貸し出しなどを手掛ける株式会社フクフクプラスの共同代表もお務めでいらっしゃいますね。
磯村歩: はい。2018年に設立したフクフクプラスでは障がい者アートの作品レンタルや販売、そのアートを使った研修などを行っています。細かい実務面も含め、フクフクプラスでのノウハウが一般社団法人シブヤフォントでの事業に生きています。フクフクプラスでは一般社団法人シブヤフォントのほか、他の障がい者アート作品を扱っている団体とも提携しています。そこからお客様のニーズに合うものを販売、レンタルする。例えるならば、障がい者アート界の家電量販店的な立ち位置と言ったところでしょうか。
二宮清純: 量販店とは、わかりやすいですね。事業のひとつである障がい者アートを使った研修とは、どのようなことを?
磯村: 作品を鑑賞し、意見交換会を行います。元になっているのは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で1980年代に生まれた対話型アート鑑賞です。作品のタイトルや作者は隠して意見交換を行い、それぞれの見方、感じ方を共有していきます。左脳的な情報を踏まえてアートを解釈するのではなく、自分の直感によって発言します。正解不正解がないことが、参加者の心理的安全性を担保し、自由な意見交換を促します。そして、この鑑賞会のファシリテーターが「どこでそう思ったのか?」との問いを立てることによって、参加者を論理的思考に誘います。この鑑賞会は多様性理解にも繋がり、学校教育でも採り入れられています。発表したことが周囲から評価されれば、自己肯定感を高めることができる。私たちは新人研修やチームビルディングに有効と考えています。
二宮: 自由な発想、ユニークな視点で描かれたアートを使うことで、より研修も有意義なものになりそうです。
磯村: そうですね。また、この研修が障がい者アートを知ってもらうことにも繋がると考えています。対話型アート鑑賞を経て、障がいのある人のアート活動を後押しする事業を始めていただいたり、"我が社にも障がい者アートを飾りたい"と思っていただけたりするとうれしいですね。
伊藤: 実際にそういった事例もあったのでしょうか?
磯村: はい、あります。私たちは障がい者アートを飾ることで、そのオフィスや空間が明るくなり、癒しや会話のある場所になると考えています。障がい者アート作品の独特のタッチはどこか親しみやすさがあり、鑑賞後の対話も柔らかくなるんです。それも障がい者アートの魅力のひとつで、私たちの事業を推進する自信にもなっています。
【渋谷のチカラに】
二宮: 今回お邪魔している一般社団法人シブヤフォントの事務局にも、たくさんの作品や商品が展示されていますが、すごく魅力的ですね。パラスポーツでは泳ぎ方、走り方がひとりひとり違うように、ここの展示物を見ていても、それぞれに個性を感じますね。固定観念にとらわれていない独自の発想や閃きに惹かれます。今後は事業を広げていくため、商品の販売促進に力を入れていきたいとお考えですか?
磯村: 商品の販売は、シブヤフォントデータを採用いただいている企業様のご努力によって、今や全国各地に販売拠点が広がっています。またこの事務局でも販売をスタートしました。場所は渋谷区文化総合センター大和田の8階にあり、渋谷駅から徒歩約5分とアクセスも良い。ここに来ていただければ、いろいろな企業の商品が揃っていますから、ぜひ足を運んでいただきたいですね。
伊藤: 渋谷というまちの発信力も武器になります。今後は渋谷区との連携もこれまで以上に深めていくのでしょうか。
磯村: そうですね。そもそも一般社団法人シブヤフォントは渋谷区の事業として、現在も運営されています。渋谷区役所新庁舎内の案内表示やインテリア、職員の名刺デザインに"シブヤフォント"が採用されています。区内の工事現場の仮囲いに作品を展示していただいたこともあります。いずれは渋谷のランドマーク的な場所にも"シブヤフォント"を使っていただけたらうれしいですね。
二宮: 渋谷というまちのチカラにもなっていきたいと?
磯村: もちろんです。一般社団法人シブヤフォントは、誰もが活躍できる社会の実現に向け、障がい者アートの分野からアプローチをしていく。障がいのある人たちが持っているチカラを引き出し、渋谷や社会のチカラに変えていきたいと思っています。
(おわり)
<磯村歩(いそむら・あゆむ)>
一般社団法人シブヤフォント共同代表、株式会社フクフクプラス共同代表、専門学校桑沢デザイン研究所非常勤教員。1989年、金沢美術工芸大学卒業。同年富士フイルムに入社し、デザインに従事。2006年より同社ユーザビリティデザイングループ長に就任し、デザイン部門の重要戦略を推進した。退職後、デンマークに留学し、ソーシャルインクルージョンの先駆的な取り組みを学ぶ。帰国後、株式会社フクフクプラスを設立した。2021年4月、一般社団法人シブヤフォント設立。ソーシャルプロダクツアワード2021大賞、IAUD国際デザイン賞金賞、グッドデザイン賞、桑沢学園賞、日刊工業新聞社 機械工業デザイン賞、世田谷区産業表彰、Good Job! Award入賞などを受賞した。著書に「ユニバーサルプレゼンテーション『感じるプレゼン』」(UDジャパン)がある。
シブヤフォントHP
(構成・杉浦泰介)