二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2022.02.10
前編 ビジョンを具現化する大会
~共生社会実現への号砲~(前編)
公益社団法人日本ライフル射撃協会は昨年12月、オリンピアンとパラリンピアンが2人1組で戦うオリパラミックス大会を開催した。東京オリンピック・パラリンピック競技大会のビジョンである「多様性と調和」「共生社会の実現」を具現化した大会は注目を集めた。オリパラミックス大会の仕掛け人でもある同協会・松丸喜一郎会長に話を訊いた。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 昨年12月にオリパラミックス大会をオンラインで配信しました。開催に至ったきっかけは?
松丸喜一郎: オリパラミックス大会を開催することは、「多様性と調和」「共生社会の実現」へ繋がることのひとつと考えたからです。昨年の東京オリンピック・パラリンピック開催により、大会のビジョンである「多様性と調和」や「共生社会実現」の機運が高まりました。しかし、閉幕後何もしないままでは、その機運はしぼんでいってしまう。我々は、共生社会の実現に向けて一歩を踏み出し、健康寿命の延伸に貢献するということも事業として展開していこうと考え、オリパラミックス大会の実施を決めました。
二宮清純: 中でも松丸会長にとって、東京パラリンピックの影響は大きかったと伺いました。
松丸: その通りです。ライフル射撃の下肢障害競技では、義足をつけて立って撃つ選手と、車いすに乗って撃つ選手、高いいすに中腰になって腰かけて撃つ選手といろいろな射撃スタイルがあります。これまで我々は同じ条件で競うことにこだわってきましたが、パラアスリートたちの姿を見て、条件が違っても競い合えると改めて気付かされました。そのパラアスリートたちの姿は、"近代オリンピックの父"ピエール・ド・クーベルタン男爵が提唱した「文化・国籍など様々な差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで、平和でよりよい世界の実現に貢献する」というオリンピズムを具現化していた。我々は公平性にばかりこだわるよりも、別の視点で価値を見出すことが大事だと感じたんです。
二宮: オリパラミックス大会の開催により、日本ライフル射撃協会がオリとパラの競技団体の"共生"をリードしていく存在になり得ると?
松丸: 我々はその役割を担っていきたいと思っています。幸いNPO法人日本障害者スポーツ射撃連盟は、日本ライフル射撃協会の加盟団体ということもあり、一緒に手を組んでやりやすかったんです。東京都北区のナショナルトレーニングセンターにある練習場はオリとパラのどちらの選手も利用できます。来年度からは国内最高峰の全日本選手権をオリパラ混合で実施する構想もあります。オリパラミックス大会のように混合チームを組む形式は、新たな種目として採用しようと思っています。
【どんな障害でもできる競技】
二宮: オリとパラが混ざって射撃競技を行うのは、世界的にも珍しいことですか?
松丸: 日本が最初になります。アジア射撃連盟の総会で、「世界の射撃界もこのような取り組みを一緒にやりましょう」とアピールしました。クウェートとは昨年国交60周年だったということもあり、同国の射撃連盟に「オリパラミックス大会を一緒にやりませんか?」と提案しました。すると先日、「2国間ではなくアジア射撃連盟で取り入れたい」と返事をいただいた。この3月に開催予定で進めています。
伊藤: アジア大会実現まで話が進んでいるとは、素晴らしいですね。オリパラミックス大会は、東京オリンピック・パラリンピックのレガシーと言えるんじゃないでしょうか。
松丸: そう言っていただけるとうれしいですね。
二宮: ルールや道具の工夫次第で、射撃は誰もが挑戦できる競技だと感じます。
松丸: おっしゃる通りです。先日、パラの選手から「障害にはいろいろな種類がありますが、どんな障害でもできるのが射撃です」という話を聞きました。その意味で、射撃は"共生のスポーツ"だと思います。
二宮: 視覚に障害のある人は、どう競技を行うのでしょうか?
松丸: 銃口が標的の中心に近付けば近付くほど音が大きく鳴る装置を付けることで、一緒に競技を楽しむことができます。
二宮: それは面白い!
松丸: ただ誰もが挑戦できる競技であるにも拘わらず、まだまだ身近な存在になれていないのが、我々の課題のひとつです。
二宮: 普及のために競技への入り口を広げていくことが必要になってきますね。
松丸: その通りですね。まずは銃器を扱うことに対するネガティブなイメージを払拭することが大事になってきます。射撃には共生スポーツのほか、健康寿命の延伸に寄与できるというメリットがあります。例えば構える、狙う、引き金を引くという射撃に必要な動作は、脳をものすごく使う。射撃は脳を活性化させるという医学的データも出ており、老化防止にも繋がる。ですから、これまでのイメージを払拭しつつ、共生や健康に繋がるといったポジティブな点をアピールしていかなければいけないと思っています。
(後編につづく)
<松丸喜一郎(まつまる・きいちろう)>
公益社団法人日本ライフル射撃協会会長。1954年、東京都出身。1977年、慶應義塾大学卒業。大学時代は射撃部で活躍。 慶應義塾高校ライフル射撃部監督時代には関東大会優勝、全国学生大会優勝選手を育成した。2012年ロンドンオリンピック日本代表選手団本部役員、2013年第27回ユニバーシアード競技大会の日本代表選手団総監督を務めた。2017年、日本ライフル射撃協会会長に就任。ライフル射撃競技の普及を図り、健康寿命の延伸や共生社会実現に積極的に取り組んでいる。また2019年からの2年間、日本オリンピック委員会(JOC)副会長も兼務した。
日本ライフル射撃協会HP
(構成・杉浦泰介)